頭頸部診療科群
耳鼻咽喉科頭頸部外科が扱う領域は非常に範囲が広く、機能別では聴覚、平衡、味覚、嗅覚、咀嚼・嚥下、呼吸機能、発声、構音などの社会生活に必要不可欠な機能が含まれ、また、疾患別ではこれらの機能障害のほかに、花粉症などのアレルギー疾患、中耳炎や副鼻腔炎などの炎症性疾患、頭頸部腫瘍など様々な疾患が含まれる。したがって特定機能病院としての高度な医療水準と研究水準を維持するために、外来診療では専門外来制を充実させ、また入院治療では専門医をチーフとするチーム医療を行っている。
当科の特色は、頭頸部腫瘍症例に対して適応を十分に考慮し、経口的内視鏡手術やロボット手術を施行していること、根治性のみならず機能温存を考慮して手術治療、全身化学療法、放射線治療、超選択的動注療法を組み合わせることで良好な結果を得ていることがあげられる。最近のトピックスとして、光免疫療法という最新の治療法を導入している。難治症例に関しても他科の協力を得ながら頭蓋底外科手術や縦隔手術などにも取り組んでいる。耳科領域では、山陰で唯一人工聴覚器の手術・管理を施行している施設であり、それぞれの患者さんに併せた最適な聴覚活用を推進している。また、睡眠時無呼吸に代表する睡眠障害診療では、専用の睡眠検査室・検査システムを有し専門の医師・技師による質の高い検査を行っている。
手術
耳科手術(鼓室形成術、鼓膜形成術、あぶみ骨手術、顔面神経減荷術、人工中耳・内耳埋込術)、鼻副鼻腔手術(鼻内内視鏡手術、鼻淚管形成術)、頭頸部癌手術(遊離移植再建を伴う拡大切除術、縦隔切開を伴う甲状腺癌手術等)、音声外科手術(喉頭微細手術、甲状軟骨形成術、披裂軟骨内転術)、嚥下機能改善術(輪状咽頭筋切断術、喉頭吊り上げ術)、扁桃摘出術(咽頭形成術を含む)、頭蓋底手術(前頭蓋底手術、聴神経腫瘍摘出術、側頭骨亜全摘手術等)等総ての領域に満遍なく取り組み、ほとんどの耳鼻咽喉科頭頸部外科手術に対応できるよう取り組んでいる。手術総数も年間約700例の手術を行い、ナビゲーションシステムを用いた鼻内視鏡手術や中耳手術、内視鏡下耳内手術など先端の手術手技に取り組んでいる。
各領域別の診療内容・トピックスを以下に示す。
1. 耳科(中耳疾患・頭蓋底外科・めまい・難聴)
耳科手術は、中耳真珠腫・慢性中耳炎に対する鼓室形成術、残存聴力活用型を含めた人工内耳埋込術、耳硬化症に対するあぶみ骨手術などがある。鼓室形成術は年間約60例程度施行しており、短期間の入院で積極的に聴力改善手術を行っている。通常は顕微鏡下に手術を行うが、必要に応じて内視鏡を併用し、低侵襲で安全な手術を心がけている。また、頭蓋底外科としては、脳外科と連携し広範囲に進展した中耳真珠腫や側頭下窩腫瘍・グロームス腫瘍・聴神経腫瘍などを手術対象として治療に取り組んでいる。新しい人工聴覚器も出てきており、今後も患者のニーズに合わせた聴覚活用を支援するために治療を行っていく。「軟骨伝導補聴器」や「人工中耳」、「残存聴力活用型人工内耳」については山陰地方で唯一の取扱医療機関として認定されており、難聴患者への選択肢が広がっている。
めまい診療については日本めまい平衡医学会が認定する「めまい相談医」が在籍し、電気眼振図(ENG)検査、前庭動眼反射検査(VOR)、前庭誘発筋電位(VEMP)検査、蝸電図検査などめまいに関わる様々な検査を集約的に行っている。聴力検査、重心動揺検査、主な平衡機能検査については、生理検査部に委託するシステムを構築し、紹介を受けた各関連病院へのフィードバックを行なっている。めまいを主訴として受診する初診患者数は年間約100人で、良性発作性頭位めまい症、メニエール病、前庭神経炎、聴神経腫瘍などの診断・治療を行っている。また、難治性前庭障害者に対して、歩行運動機器を用いたリハビリテーションの効果について検討している。
2. 幼児難聴
新生児聴覚スクリーニングで要精査となった乳幼児の二次精密検査機関であり、幼児期に難聴となった児に関しても聴力精査を発達評価とともに行っている。遺伝子検査を含めた難聴の原因疾患の診断や補聴器装用効果の評価、人工内耳手術後のリハビリテーションも行っている。教育関係・福祉関係者とも密に連携し、難聴児により良い環境を提供できるよう取り組んでいる。
3.鼻科(鼻・副鼻腔/アレルギー)
鼻副鼻腔外来では、年間200例以上の新患患者を紹介して頂いており、QOLを著しく低下させる鼻閉や嗅覚低下をきたす鼻副鼻腔炎を中心に診療を行っている。好酸球性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎などの難治性疾患に対して、手術療法や薬物療法(舌下免疫療法、生物学的製剤)を実施している。当院は、日本鼻科学会鼻科手術認可研修施設に認定されており、鼻科手術の研修も可能である。慢性副鼻腔炎に対する内視鏡下鼻・副鼻腔手術IV型の手術実績が豊富で、気管支喘息を合併した難治症例のマネジメントに携わっている。内視鏡下手術 は診断や治療において低侵襲に実施することが可能で、手術適応や治療の相談を行っている。眼窩、頭装底との境界領域の診療においては、眼科や脳神経外科との合同手術を行っている。眼科とは、高齢者で多い慢性涙嚢炎の難治例に対して、涙嚢鼻腔吻合術の内視鏡下手術を実施している。頭蓋底疾患に対して脳神経外科と合同手術を行ったり、下垂体腫瘍や鞍上部病変に対して内視鏡下手術支援を行ったりしている。気管支喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー疾患を併存した重症例の治療、免疫抑制剤などにより免疫力が低下した患者の感染症の治療など、診療範囲は多岐にわたっている。アレルギー疾患に対する相談窓口の開設や講習会や講演会などをとおして、アレルギー疾患医療拠点病院としての活動に携わっている。
4. 睡眠障害、睡眠時無呼吸症候群
日本睡眠学会専門医療機関Aに認定されている。終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)では、睡眠時無呼吸や周期性四肢運動障害やREM睡眠行動障害などの診断を行っている。さらに、反復睡眠潜時検査(MSLT)では、ナルコレプシーや特発性過眠症など過眠症の診断を行っている。これらの検査は、日本睡眠学会認定検査技師の監視下で行うため、小児から高齢者まで精度の高い検査が可能となっている。周辺地域や他府県からの紹介もあり、他施設と連携しながら患者の睡眠の質の向上を目指している。また、睡眠時無呼吸に対する治療では、持続陽圧呼吸療法(CPAP)や手術加療(アデノイド切除、口蓋扁桃摘出、鼻中隔彎曲矯正術など)を行っている。
5. 口腔・咽頭疾患
味覚障害、胃食道逆流症、扁桃炎などの疾患を対象とし、特にIgA腎症や掌蹠膿疱症を合併した扁桃病巣感染症に対する口蓋扁桃摘出術を行っている。
6. 喉頭・音声
音声障害、声帯病変、喉頭癌などを対象としている。
検査では、PENTAXとOLYMPUSのファイバーを使用し、狭帯域光観察により早期がんの発見を可能にしている。また喉頭ストロボスコピー、発声機能検査、音響分析、喉頭筋電図などの検査を行い、喉頭疾患に対し、質の高い診断を行っている。
治療では、声帯ポリープや肉芽種に対する外来局所麻酔下手術、声帯結節、声帯ポリープ、ポリープ様声帯、喉頭白板症、早期喉頭がんなどに対する全身麻酔下での喉頭微細手術、喉頭がんに対するCO2レーザー切除手術、喉頭パピローマに対する手術、片側声帯麻痺に対する音声改善手術(反回神経吻合術、甲状軟骨形成術Ⅰ型、披裂軟骨内転術など)、両側声帯麻痺に対する声門開大術、痙攣性発声障害に対する手術、外来局所麻酔下での喉頭癌術後の無喉頭患者に対する音声再建手術(ボイスプロテーゼ挿入術)、声門下狭窄・気管狭窄に対する気管形成術、痙攣性発声障害に対するボトックス治療、甲状軟骨形成術Ⅱ型などを行っている。
全国的にも専門医が少ない喉頭・音声科領域での診断・治療の質の向上を目指している。
7. 甲状腺
内分泌外科指導医・専門医を有し甲状腺癌手術を、年間約150例ほど行っている。中四国地方に先駆けて良悪性疾患両方を対象とした内視鏡下甲状腺手術を行っている。頸部の解剖を熟知した頭頸部外科医の利を活かし、他院では手術困難とされた重症例なども積極的に治療を行っている。周辺地域より多くの重症患者の紹介を頂いている。
また、甲状腺癌・治療の合併症である反回神経麻痺(音声障害)や嚥下障害、気管孔残存などに対しても、機能改善手術である音声改善手術や嚥下改善手術、皮弁移動術などを積極的に行い患者さんがこれまで通りの生活が送れるように努めている。良性腫瘍や小さな癌では整容を重視した小切開による手術も行っている。
また近年承認された甲状腺癌に対する分子標的薬の使用を行っている。
甲状腺ではエコー(超音波)検査が術前評価、術後の経過観察ともに重要であるが、専門医によるエコー評価を行っている。また、エコーガイド下の細胞診、組織診の他、エタノール注入療法など行っている。
8. 嚥下
嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査、嚥下圧検査、舌圧測定などで嚥下機能を詳細に評価している。嚥下障害の重症度に応じてリハビリによる保存的加療から誤嚥防止術、嚥下改善術などの手術加療まで行っている。診断から治療方針の決定に至る過程で、言語聴覚士、管理栄養士、薬剤師なども含めた多職種による評価や検討を行っている。年間の嚥下造影検査と嚥下内視鏡検査は約500件、手術件数は約40件行っている。
9. 頸部超音波
頭頸部原発の良悪性腫瘍、甲状腺疾患、唾液腺疾患、悪性リンパ腫、だけでなく、他臓器原発悪性腫瘍による頸部リンパ節転移を疑う症例を対象とし、Bモードエコー所見に、ドップラーによる血流評価やエラストグラフィによる硬さ評価を組み合わせることにより、精度の高い検査施行を心がけている。特に組織の硬さを評価するエラストグラフィでは、最新のshear wave elastographyやARFI imagingを使用し、頭頸部領域における良悪性鑑別診断の精度を上昇させている。
現在は甲状腺の超音波専門医1名、表在臓器の超音波検査士1名を含む、医師3名、技師4名で検査を担当している。エコー実施件数は約1500件ほどである。
甲状腺疾患では各科と連携を図りながら治療にあたり、エコーによる精査に併せ腫瘍性病変に対して穿刺吸引細胞診を施行し、嚢胞に対してPEITなども行っている。頸部のリンパ管腫に対してのOK-432の注入療法やエタノール注入療法(PEIT)も施行している。
頸部腫瘤の中には組織診による診断が必要となる疾患があり、当科では穿刺生検のLBC洗浄液からセルブロックを作成し、免疫染色の追加も行っている。適応を吟味した上で、穿刺組織診(CNB)も施行可能である。
10. 頭頸部腫瘍
頭頸部は、食べること、話すこと、聞く、嗅ぐなど、生活に欠かせない重要な機能を持つ臓器の集合体である。そのため、癌の根治性を損なわずに機能を温存するという、相反する事象の両立が、頭頸部腫瘍の治療において重要なニーズとなっている。治療方法には、手術治療、放射線治療、化学療法(抗癌剤)の3つの柱があり、方針決定に際しては病期の進行具合だけでなく、患者さん個々人で異なる社会的、精神的な背景も考慮した、様々な要素をできる限り満足させる形での治療を提供している。しかし治療の大きな柱は、現代においても手術である。なかでも、機能温存に配慮しつつ患者さんの負担が少ない「低侵襲手術」に注力している。手術用ロボットda Vinci Surgical Systemを用いた手術は日本国内でも最も早い時期から導入しており、これまでにも国内有数の治療経験を有している。2022年4月から保険適応となったため、更に推進していく方針である。
一方、進行した癌に対しては、脳外科と協力した頭蓋底手術、胸部外科や心臓血管外科と協力した上縦郭手術を積極的に行っている。進行した癌の治療では根治性がひときわ重視されがちだが、形成外科と協力し再建術を行うことで、術後の機能回復にも努めている。
11. 外来化学療法
近年頭頸部癌に対する化学療法は、従来の殺細胞性抗がん剤に加えて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場し、治療の選択肢が広がっている。それに伴い社会生活をつづけながら有効かつ副作用を抑えた安全な治療が外来で施行可能となっている。生活の質の向上と予後の延長の両立を目指した治療を患者さんと相談しながら進めている。
また、再発や転移を来した症例に対し、これまでの手術治療には限界があったが、2021年より光免疫療法(頭頸部アルミノックス治療)が保険適応となった。山陰で唯一の治療実施施設として治療を開始し、全国でも有数の治療経験を持つ。手術ナビゲーションシステムや術中CTなど、先端の医療技術と組み合わせた、安全で有効性の高い治療を提供している。
教育・研修
後期研修生を対象に各専門分野カンファレンスや勉強会をするなど研修プログラムを組んでいる。またサブスペシャリティの研修機関として、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科専門医研修施設はもとより、日本耳科学会手術指導医認定施設、日本鼻科学会手術指導医認定施設、日本気管食道科学会専門医認定施設、日本アレルギー学会教育施設、日本睡眠科学会睡眠医療認定医療機関などに認定されており、当院の研修のみで耳鼻咽喉科頭頸部外科に関わる全ての領域の専門医受験資格を得ることが可能である。
コロナ禍で下火となっていた研究会も再開しており、全国から第一線で活躍されている先生方の講演が聴ける機会を企画している。
統括医長 矢間 敬章