心理療法室
令和元年度の心理療法室の活動状況を報告致します。
鳥取大学医学部附属病院心理療法室は、疾患の種類を問わず、「ヒトの認知」に係る臨床および研究活動を行っています。「認知」とはヒトが外の世界で起こる出来事を知覚した上で理解し、最終的に何らかの意思決定を行う過程を意味します。また、もう少し大局的な視点に立つ場合には、人の基本的なものの考え方を意味します。
心理療法室では、精神疾患の患者さんが社会で生きていく力(社会機能と呼びます)を高めるには、前記の「認知」の異なる二つの側面にアプローチする活動を続けております。以下にその活動を紹介致します。
1.物事を理解する基礎となる「認知」機能
二つの側面の一つは、いわゆる「認知機能」と呼ばれるもので、神経心理検査を用いて評価できる能力です。「認知機能」は多様な側面をもち、外界に注意を向けること、体験を記憶すること、課題解決のためにその段取りを考えたり(遂行機能)することなどの能力の総称です。心理療法室では、臨床心理学専攻の最上多美子教授の指導の下、主に統合失調症の患者さんを対象に、認知機能を高めるリハビリテーションプログラムNeuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation (NEAR)を実践しています。
令和元年度も、心理療法室は関連の4病院(米子病院、安来第一病院、渡辺病院、西伯病院)とともに、統合失調症をはじめとする精神疾患の患者さんを対象にNEARを実践するとともに、年4回開催する地域ミーティングで、有効性をより高めるための工夫について議論を重ねて参りました。
令和元年度は当院での新規NEAR参加者は4名と昨年度同様でした。地域の5病院全体では20名を超える方がNEARを受けられ、認知機能の向上とともに、社会参加や就労につながりました。今後も、この活動を地道に続けて参りたいと思います。しかし、新型コロナウィルス感染拡大に伴い、ソーシャルディスタンスの観点から、治療者と患者さんが密に接して行う認知リハビリテーションおよび前期の地域ミーティングに関して、令和元年3月以降、その実践・開催が困難になっており、令和2年度以降の活動に対する影響が危惧されます。
2.気分や行動に影響する物事の理解としての「認知」
「認知」のもう一つの側面は、広い意味でのヒトの物事の理解の仕方を大づかみにしたものです。即ち、身の回りで起きる様々な出来事の意味を理解しようとする場合、個人ごとに異なる理解の仕方を通じて、物事を受け止め、理解しようとします。さらに大切なこととして、自分なりの「認知」の方法が気分や判断に大きな影響を与えることが知られています。
令和元年度も、心理療法室は、うつ病の罹患・再発リスクと関係する認知の歪みの評価尺度Worker’s Cognitive Distortion Scale (WCDS)を用いて、健常勤労者集団を対象に研究を継続しました。具体的には、WCDS得点、抑うつ症状の程度、社会機能の関係を共分散構造分析を用いて解析し、その結果、WCDSの2つのサブスケールのうち、自分自身のものの見方にこだわる「自己完結型」の認知の歪みは、抑うつ症状に対する影響を介して間接的に社会機能を低下させるだけでなく、抑うつ症状とは無関係に、社会機能を直接的に低下させることを実証しました。他者の言動に影響されやすいものの見方を意味するもう一つのサブスケール「環境依存型」は、社会機能に直接的な影響を及ぼすことはありませんでした。心理療法室では、この研究成果を英文論文に発表致しました。今後は、得られた結果から、「自己完結型」の認知の歪みをもつ方に対する心理社会的治療法の開発を進め、職場でのうつ病の予防を目的とするプログラムの作成を目指しています。
令和元年度の主要発表論文
Ota M, Takeda S, Pu S, Matsumura H, Araki T, Hosoda N, Yamamoto Y, Sakakihara A, Kaneko K. The relationship between cognitive distortion, depressive symptoms, and social adaptation: A survey in Japan. J Affect Disord, 2020; 265:453-459.
文責 兼子 幸一