心理療法室

平成30年度の心理療法室の活動状況を報告致します.

鳥取大学医学部附属病院心理療法室は、疾患を問わず、「ヒトの認知」に係る臨床および研究活動を行っています。「認知」とはヒトが外の世界で起こる出来事を知覚した上で理解し、最終的に何らかの意思決定を行う過程を意味します。また、もう少し大局的な見方では、人のものの考え方の基本的な特性を意味します。

心理療法室では、精神疾患の患者さんが社会で生きていく力を高めるには、この「認知」の働きを改善することが大切であると考え、「認知」の異なる二つの側面にアプローチする活動を続けております。以下にその活動を紹介致します。

1.物事を理解する基礎となる「認知」機能

二つの側面の一つは、いわゆる「認知機能」と呼ばれるもので、神経心理検査を用いて評価できる能力です。「認知機能」は多様な側面をもち、外界に注意を向けること、体験を記憶すること、課題解決のためにその段取りを考えたり(遂行機能)することなどの能力の総称です。心理療法室では、臨床心理学専攻の最上多美子教授の指導の下、主に統合失調症の患者さんを対象に、認知機能を高めるリハビリテーションプログラムNeuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation (NEAR)を実践しています。

平成30年度も、心理療法室は関連の5病院(米子病院,安来第一病院,養和病院、渡辺病院,西伯病院)とともに,主に統合失調症圏を対象にNEARを実践するとともに、年4回開催する地域ミーティングで、有効性をより高めるための工夫について議論を重ねて参りました.

平成30年度は当院での新規NEAR参加者は4名と昨年度同様でした。地域の5病院全体では15名を超える方がNEARを受けられ、認知機能の向上とともに、社会参加や就労につながりました。今後も、この活動を地道に続けて参りたいと思います。

2.気分や行動に影響する物事の理解としての「認知」

「認知」のもう一つの側面は、広い意味でのヒトの物事の理解の仕方です。即ち、身の回りで起きる出来事の意味を理解する場合、自分なりの理解の仕方で物事を受け止め、解釈しています。重要なポイントは、自分なりの「認知」の在り方が、気分や行動の選択等の意思決定に大きな影響を与えることです。

平成30年度も、心理療法室は、うつ病の罹患・再発リスクと関係する認知の歪みの評価尺度WCDSに関する研究を続けています。本研究は、就労経験のある健常者群とうつ病群の二群間に、認知の在り方に関する特徴的な違いがあるという仮説の検証を主目的としています。認知の歪みの評価には、鳥取大学大学院臨床心理学専攻で開発された認知の歪みの評価尺度WCDSを用います。平成30年度は健常者において、WCDS得点、抑うつ症状の程度、社会機能の関係を、共分散構造分析を用いて解析し、WCDSのうち、「自己完結型」の認知の歪みが、抑うつ症状を介して間接的に社会機能を低下させること、さらに、抑うつ症状を介さず直接社会機能を低下させることを実証しました。この結果を、英文論文にまとめて投稿しました。今後は、得られた結果から、「自己完結型」の認知の歪みをもつ方に対する心理社会的治療法の開発を進めて参りたいと思います。

文責 兼子 幸一