3-3-18. 心理療法室
平成20年度の心理療法室の活動状況を報告致します。
心理療法室では、主として統合失調症圏の患者さんを対象に認知矯正療法を行っています。認知矯正療法は認知機能障害を改善することに焦点を当てながら、認知機能の改善がQOLの改善に般化する(generalize)ことを目指す新世代の心理社会的療法です。平成19年1月に認知矯正療法を導入して以来、参加人員は延べ26名に増え、このうち5名の方が、本療法の主要な目標の一つである就労を達成されています。設備面では、コンピュータを6台揃え、課題として多様なソフトウェアを利用しています。ソフトウェアの選択に当たっては、個々のソフトウェアと関連する認知領域を詳細に検討し、個人ごとに適切な組合せになるように努めています。他方、個人の内発的動機付けを重視する認知矯正療法の理念に沿って、個人の希望を最大限取り組むことにも注意を払っています。また、患者さん主体にニューズレターを発行することも参加の動機付けのために行っていますが、これは、認知矯正療法に関する情報を外部にアピールすることにもつながっています。
当科で行っている認知矯正療法は、神経心理学、教育心理学などの成果を取り入れたNEAR (neuropsychological educational approach to cognitive remediation)です。この療法は、上記の通りに内発的動機付けを重視しており、各人ができるだけ主体的に認知リハビリテーションを行えるような構造をもっています。NEARのプログラムでは、週2回、各1時間のセッション、および日常生活への般化を目指す週1回の集団ミーティングを半年間続けることになります。言語記憶、作業記憶、注意、遂行機能などの様々な認知機能の改善を目指そうとすると、無味乾燥な反復トレーニングに陥る可能性がありますが、NEARには、楽しみながら認知機能のトレーニングを行い、それを日常生活のQOLの改善に般化させるための種々の工夫が凝らされています。こうした構造をもつNEARで患者さんと関わりをもつことは、医師、心理士にとっては、参加者各人の状態を十分に把握する力量を要求される場にもなり、医療スタッフにとっても臨床トレーニングのよい場になっています。
NEARの参加者が増えるに伴い、精神症状、認知機能、社会機能、QOLなどの指標に対するNEARの効果について、参加者の了解をえてデータを記録、蓄積しています。こうした臨床研究では、近隣の関連病院(養和病院、米子病院、安来第一病院、渡辺病院)の患者さんや医療スタッフにもご協力を頂いています。
平成20年度の段階(N=15)で、認知機能の評価に日本版BACS (Japanese version of brief assessment of cognition in schizophrenia; BACS-J)を用いた結果では、言語記憶、作業記憶、語流暢性、遂行機能ならびにcomposite score (各認知領域の平均の指標)で、エフェクトサイズが0.53~0.79SD改善していることが認められました。これに対して、精神症状、社会機能には有意な改善は認めていません。参加者の臨床背景との関係では、発症年齢が高いほど認知機能の改善が顕著でした。また、社会機能との関係では、年齢が低いほど、また発症前IQが低いほど社会機能の改善が認められました。以上の結果より、発病初期にNEARプログラムに導入することが、認知機能や社会機能を改善する上で望ましいこともわかってきました。これらの結果を以下の学会において発表しております:11th Annual Conference in Cognitive Remediation in Psychiatry (平成20年6月、New York)、第56回山陰精神神経学会(同7月、島根)、第30回日本生物学的精神医学会(同9月、富山)、第16回精神障害者リハビリテーション学会(同11月、東京)、第4回日本統合失調症学会(平成21年1月、大阪)、12th International Congress on Schizophrenia research (同3月、San Diego)。
平成20年度は、参加者の数が増えるとともに研究面での成果が出始めた年となりました。今後はNEARと社会機能の改善との関係をさらに検討するとともに、NEARとの組合せで有効性が期待される、社会認知と対人関係の改善を目指した心理社会的療法とのパッケージ化などの課題に中込教授を中心として取り組むことを予定しております。