心理療法室

 平成28年度の心理療法室の活動状況を報告致します.

 鳥取大学医学部附属病院心理療法室は、2つの主要テーマ、①統合失調症の認知リハビリテーションプログラムNeuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation (NEAR)の有効性、②認知の歪み尺度Worker’s Cognitive Distortion Scale (WCDS)を用いたうつ病の罹患・再発リスクの評価、に関して臨床及び研究活動を行いました。

1.統合失調症の認知リハビリテーションNEAR

 平成27年度まで心理療法室は関連の4病院(養和病院,米子病院,安来第一病院,渡辺病院)とともに,主に統合失調症圏を対象にNEARを実践するとともに、年4回開催する地域ミーティングで、有効性をより高めるための工夫について議論を重ねて参りました.平成28年度には、新たに西伯病院精神科が平成29年度から参加されることが決まり、平成28年度より地域ミーティングに参加されるなど、NEARは山陰地域で地道な拡がりをみせています。

 当院では、統合失調症圏の入院患者数が減少していることも影響しており、新規のNEAR参加者は3名と減少しました.これに対して,前記の4病院ではほぼ例年と同等の一施設当たり年間7~10名程度の方が参加されています(2度目の参加者を含む).NEARの直接的な目標は,教育用コンピュータソフトウェアを用いて,記憶,作業記憶,注意・処理速度,遂行機能等のいわゆる神経認知機能を高めることにありますが、認知リハビリテーションの究極的な目標は,就労・学業,様々な社会参加、自立生活,円滑な対人関係等の参加者の社会機能を高めることにあります.NEARの参加者の中には、認知機能改善の程度は小さくても、仲間やスタッフとの交流によって、社会活動への参加意欲が高まった方もおられ、これもNEARの有効性を示す例といえるでしょう。

2.うつ病の罹患・再発リスクと関係する認知の歪みの評価尺度WCDS:就労経験者を対象とする臨床研究

 平成28年度に開始した新しいプロジェクトです。うつ病による経済的損失は、医療費だけでなく、労働能力が失われることによる生産性の低下とも関係し、本邦では少なくとも年間1兆円以上と推定されています。したがって、勤労者におけるうつ病の発症や再発の予防は重要な課題になっています。仕事や対人関係などの身の回りで起きる物事の捉え方を「認知」という用語で記述しますが、その歪みがうつ病の発症や再発に密接に関連する可能性が想定されており、本プロジェクトでは、特に就労経験のある方で認知の歪みを評価し、再発との関係を明らかにすることを目的としています。認知の歪みの評価には、鳥取大学大学院臨床心理学専攻で開発された認知の歪みの評価尺度WCDSを用います。WCDS得点の健常者との比較、及び抑うつ症状とWCDS得点との経時的な関係を解析することにより、WCDSの判別値および認知の歪みが抑うつ症状に与える影響を明らかにすることを目指します。この結果を利用し、再発リスクが高い勤労者のスクリーニングや再発予防に対する認知療法的アプローチを実践する予定です。

平成28年度の業績(発表論文等)

1) 兼子幸一:統合失調症の認知機能障害.232-236.別冊日本臨床,新領域別症候群シリーズNo.37 精神医学症候群(第2版)Ⅰ2016.

2)板倉征史:残遺症状.308-312.別冊日本臨床,新領域別症候群シリーズNo.37 精神医学症候群(第2版)Ⅰ2016

3) 兼子幸一: 統合失調症の陰性症状:症状の理解と治療法開発に向けた展開. 臨床精神医学,45巻,1015-1021,2016.

                                                                                         

文責 兼子 幸一