心理療法室

 平成26年度の心理療法室の活動状況を報告致します.
 鳥取大学医学部附属病院心理療法室では,統合失調症圏の患者さんを主たる対象に,その社会機能(就労・学業,自立生活,円滑な対人関係等)を高めることを重視しています.そのため,当室では,米国のAlice Medalia博士を創始者とする認知矯正療法(Neuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation, NEAR)という神経認知機能の改善を目指した認知リハビリテーションを平成19年1月から実践しています.記憶,作業記憶,注意,遂行機能などの神経認知機能は,統合失調症ではかなり広汎な障害が認められますが,従来の抗精神病薬を主体とする薬物療法の効果は乏しい現状があり,心理社会的な取り組みが重要課題として求められているためです.地域の関連病院(養和病院,米子病院,安来第一病院,渡辺病院)とのネットワークを作り,平成26年度末現在でのNEAR参加者は約200名(ドロップアウトされた方も含みます)に上ります. 平成26年度には,NEARで重視されている,教育用コンピュータソフトウェアで学んだ認知方略を日常生活に普遍化(この現象を般化と呼びます)するための言語セッションに関するマニュアルが作成されました.そのため,セッションの進行手法が具体化されるとともに精緻化されました.この内容は,参加者に対する要求度を高める面もありますが,同時に,治療者も参加者の動悸付けと認知特性を十分に把握することを求めるものです.認知リハビリテーションの理論・実践のエクスパートである鳥取大学医学部臨床心理学専攻の最上教授のスーパーバイズを受けながら行う,4病院と当室で行っている地域ミーティングは,NEARを実践する上で貴重な学びの場となっています. 心理療法室ではNEARの効果の神経生物学的実態を明らかにすることも重要な課題と考えています.平成25年度には,NEARの実践が脳機能にもたらす生物学的な変化に関する研究を行い,作業記憶課題を評価法として用いた場合にはNEAR後に,作業記憶や言語記憶に関係する脳領域の活性化の程度が大きくなるという神経可塑性を示唆する成果が得られました.これに対して,平成26年度は,福島県立医大精神科教室との共同研究で語流暢課題という別の認知課題を用いてNEARの効果を検討しました.その結果,作業記憶課題で評価した場合とは対照的に,NEAR実施後,課題に関連する脳血液量は不変,減少のいずれかを示すことが明らかになりました.2つの異なる認知課題の結果が大きく異なる理由としては,認知課題の難易度が関係すると考えられ,NEARの実施の結果,脳機能にダイナミックな柔軟性が向上した可能性が考えられます.今後は,人の感情や意図を理解することに関係し,脳内では神経認知機能とは別のシステムで処理されている社会認知機能のトレーニングとNEARを組合わせることによって,患者さんの長期的な社会機能を高めることに貢献して参りたいと考えております.達成には時間とマンパワーが求められますが,地道な活動を続けて参りたいと考えております.

・平成26年度の業績(発表論文等)
1) Kanie A, Hagiya K, Ashida S, Pu S, Kaneko K, Mogami T, Ohsima S, Motoya M, Niwa S, Inagaki A, Ikebuchi E, Kikuchi A, Yamasaki S, Iwata K, Roberts DL, Nakagome K,. New instrument for measuring multiple domains of social cognition: construct validity of the Social Cognition Screening Questionnaire (Japanese version) Psychiatry Clin Neurosci, 68: 701-711, 2014.
2) Medalia A (考案),兼子幸一,山田武史,板倉征史,長田泉美,米田恵子,中込和幸,最上多美子,松本奉子,山本美樹,池澤聰訳,認知矯正療法で行うための橋渡し(ブリッジング)セッション,NEAR実践グループ,2014.
3) 兼子幸一 統合失調症の社会機能障害.精神科治療学,30巻:45-50, 2015.
                                                     兼子 幸一