心理療法室
平成25年度の心理療法室の活動状況を報告致します.
鳥取大学医学部附属病院心理療法室では,統合失調症圏の患者さんを主たる対象として,認知矯正療法(Neuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation, NEAR)という神経認知機能の改善を目指した認知リハビリテーションを実践しています.記憶、作業記憶、注意、遂行機能などの神経認知機能は,患者さんの日常生活での仕事、学業、家事を行う能力に密接に関係しています。そのため、統合失調症の患者さんの長期的な社会的転帰,即ち、自立生活能力、就労能力、対人関係の能力等からなる社会機能にも強い影響をもたらすことが明らかになっており、その改善は重要な治療標的となっています。NEARは神経認知機能の障害の改善に焦点を当てつつも,就労,学業などの社会機能と呼ばれる,さらに複雑な日常生活を円滑に営むための能力の回復も視野に入れた認知リハビリテーションの手法です.平成18年夏に、NEARの創始者であるAlice Medalia博士を米子にお招きしてワークショップを開催し,教育的なトレーニングを受けた後,平成19年1月に実践を開始して以来,地域の関連病院(養和病院,米子病院,安来第一病院,渡辺病院)の積極的なご協力を頂き,参加人員は約180名(ドロップアウトされた方も含みます)に上ります.
平成25年度は,NEARが神経認知機能を改善することの基盤になっていると想定される、NEARの実践が脳機能にもたらす生物学的な変化に関する研究を行いました。光トポグラフィー検査という脳血液量の測定装置を用いた研究の結果、前頭前皮質という最も高次の脳機能に関係する領域内の複数の部位において、NEARは、作業記憶という認知課題に取り組む際の血液量の増大をもたらしていることが判明しました。変化が生じた脳領域には、健常者に比べて統合失調症の患者さんで脳機能の障害が報告されている部位が含まれており、NEARは脳機能のノーマライゼーションに寄与する可能性が示唆されました。すなわち、統合失調症の病態にあっても、認知リハビリテーションを行うことで、社会機能に必要な脳機能を改善できる可能性が証明され、NEARの有効性が医学的に実証されました。
今後は,人の感情や意図を理解することに関係し、脳内では神経認知機能とは別のシステムで処理されている社会認知機能のトレーニングとNEARを組合わせることによって,患者さんの長期的な社会機能を高めることに貢献して参りたいと考えております。
・平成25年度の業績(発表論文)
1) Pu S, Nakagome K, Yamada T, Ikezawa S, Itakura M, Satake T, Ishida H, Nagata I, Mogami T, Kaneko K. A pilot study on the effects of cognitive remediation on hemodynamic responses in the prefrontal cortices of patients with schizophrenia: a multi-channel near-infrared spectroscopy study. Schizophrenia Research, 153:87-95, 2014.
2) Kanie A, Hagiya K, Ashida S, Pu S, Kaneko K, Mogami
T, Oshima S, Motoya M, Niwa SI, Inagaki A, Ikebuchi E, Kikuchi A, Yamasaki S,
Iwata K, Roberts DL, Nakagome K. New instrument for measuring multiple domains
of social cognition: Construct validity of the Social Cognition Screening
Questionnaire (Japanese version).
Psychiatry and Clinical Neuroscience, doi: 10.1111/pcn.12181, 2014.
(兼子幸一)