精神科

平成25年度の精神科の活動状況を報告致します.

平成247月,厚生労働省は精神疾患を5大疾病の一つに位置付けました.背景には,近年,精神疾患の患者数が300万人を優に超え,従来の4大疾病(虚血性心疾患,脳血管疾患,糖尿病,がん)の何れの場合よりも多く,しかも顕著な増加傾向が認められていることがあります.しかし,精神疾患が重視されるようになったもう一つの理由として,精神疾患が患者さんの日常生活にもたらす悪い意味でのインパクトの強さ,という問題があります.疾病がもたらす負荷の総合的な指標としてWHOが提唱するようになった障害調整生命年(Disability- adjusted Life YearDALY)でみると,うつ病,認知症,自殺,アルコール乱用が高負荷のワーストテンにランクされ,精神疾患の治療,予防が,現代医療政策の重要課題となっていることが分かります.

鳥取大学精神科では,単独の診療科としてだけでなく,診療上のニーズに対応すべく,「脳とこころの医療センター」の他診療科などと連携しながら,いくつかの取り組みを続けています.まず,地域医療の最前線として,大学病院の精神科としては珍しく,精神科救急ネットワーク(精神科救急輪番制度)に参加し、精神科救急の一翼を担っています.平成25年度は,輪番制度を通じて,それまでかかりつけ医のなかった12名の方が当科に入院されました.精神科救急では,統合失調症,双極性障害だけでなく,身体疾患で生じる精神的変調の場合でも緊急入院の対象となりえます.放射線部や検査部との密な連携という総合病院の利点を生かし,頭部CT等の迅速な身体的精査が必要とされる高齢者のせん妄等の緊急入院にも対応しています.

また,従来の薬物療法で十分な治療効果が得られない治療抵抗性の統合失調症や気分障害(うつ病と双極性障害)の患者さんに対しては,厳しい施設要件の下で使用可能な抗精神病薬クロザリルや修正型電気けいれん療法(mECT)を,慎重に適応を検討した上で実施しました.平成25年度,クロザリルは2症例,mECT4症例に計33回行い,多くの場合に有意な改善が認められました.

最近,抗精神病薬や抗うつ薬の多剤併用、睡眠導入剤や抗不安薬の漫然投与など、精神医療で行われている無定見な薬物療法に対する批判が高まっています.残念なことに,その趣旨には合理的で賛同せざるを得ない部分が多数含まれている現状があります.当科では,すべての診療において,適正な薬物療法の実践を目指し,診断の再検討,治療効果の適確な判定を行い,妥当な薬物療法を心掛けています.すなわち,光トポグラフィー検査のような客観的な評価と治療効果判定という医師の判断に委ねられる部分を統合し,より正確でご本人の病態とニーズに合った薬物療法を目指しています.こうした方向性の具体的な成果として,平成22年以降行ってきた先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ状態の鑑別診断補助」が、平成26年度より保険適応となることが決定され,当科でも実施できることになりました.

発達障害の特性をもつ学童期以降の方々の精神的苦痛への対応も当科の重要な役割となっています。治療・対応の主たる場は外来での診療にありますが,当科は鳥取県のプロジェクト「子供の心の診療と支援の拠点病院」に参加し,脳神経小児科と連携しながら,教育・福祉分野の関係者を対象にした啓発に関する施策作りや実際の活動に参加しています.

身体医療同様,精神医療でも,急性期の症状を標的とした治療だけでは不十分であり、長期的な生活能力や社会機能(仕事、勉強、対人関係)の向上を目指すリハビリテーションが必要です.当科では,教育用ソフトウェアを用いて、記憶・注意力、遂行機能などの神経認知機能の向上を目指す認知矯正療法NEARを統合失調症の患者さんを対象に行っています.認知強制療法にまつわる活動状況の詳細につきましては「心理療法室」の活動報告をご参照ください.

当科は,今後もメンタルヘルスを担う地域の中核医療機関として,多様な精神障害に対して複合的な視野をもちながら,「脳とこころの医療センター」の一員として,その診療やリハビリテーションに取り組んで参りたいと考えております.

 

平成25年度の主要発表論文

1) Pu S, Nakagome K, Yamada T, Yokoyama K, Itakura M, Satake T, Isida H, Nagata I, Kaneko K. Association between subjective well-being and prefrontal function during a cognitive task in schizophrenia: A multi-channel near-infrared spectroscopy study. Schizophrenia Research, 149:180-185, 2013.

2Pu S, Nakagome K, Yamada T, Yokoyama K, Matsumura H, Terachi S, Mitani H, Adachi N, Kaneko K. Relationship between prefrontal function during a cognitive task and social functioning in male Japanese workers: a multi-channel near-infrared spectroscopy study. Psychiatry Research, 214:73-79, 2014.

3) Pu S, Nakagome K, Yamada T, Itakura M, Satake T, Ishida H, Nagata I, Kaneko K. Association between cognitive insight and prefrontal function during a cognitive task in schizophrenia: a multichannel near-infrared spectroscopy study. Schizophrenia Research, 150:81-87, 2013.

4) Pu S, Nakagome K, Yamada T, Itakura M, Satake T, Ishida H, Nagata I, Kaneko K. Association between prefrontal hemodynamic responses during a cognitive task and subjective quality of life in schizophrenia. Schizophrenia Research, 152:319-321, 2014.

5) Yokoyama K, Yamada T, Terachi S, Pu S, Ohta Y, Yamanishi T, Matsumura H, Nakagome K, Kaneko K. Milnacipran influences the indexes of I-metaiodobenzylguanidine scintigraphy in elderly depressed patients. Psychiatry and Clinical Neuroscience, 68:169-175, 2014.

                                                   兼子 幸一