心理療法室

平成24年度の心理療法室の活動状況を報告致します.

心理療法室では,統合失調症圏の患者さんを主たる対象として,認知矯正療法(Neuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation, NEAR)という神経認知機能の改善を目指した認知リハビリテーションを実践しています.記憶、作業記憶、注意、遂行機能などの神経認知機能は,統合失調症の患者さんの長期的な社会的転帰,即ち、自立生活能力、就労能力、対人関係の能力等からなる社会機能と強く関係することが明らかになっており、その改善が重要な治療標的となっています。NEARは神経認知機能の障害の改善に焦点を当てながら,就労,学業などの社会機能と呼ばれる,日常生活の基礎となる能力を回復することを目指した認知リハビリテーションの手法です.平成191月に実践を開始して以来,地域の関連病院(養和病院,米子病院,安来第一病院,渡辺病院)の積極的なご協力を頂き,参加人員は延べ160名(ドロップアウトされた方も含みます)となりました.NEARの実践は週2回のソフトウェアを用いた認知課題セッションに週1回の言語セッションを組合せ,日常生活への般化generalizationを目指しています.また,3ヵ月に1度の頻度で地域ミーティングを行い,情報の共有化・手法の向上にも努めています.米国Yale大学に留学中で,認知リハビリテーションの研究に従事している池澤聰先生にもSkypeでミーティングに参加して頂き,知覚や作業記憶のトレーニングに関する最新の情報を得ています.今後,NEARを保険点数化することが大きな目標になりますが,その効果を,より厳密に検証する必要があるため,無作為割付研究(RCTデザイン:期間6ヵ月)を用いた研究を施行中です.

平成24年度は,上記のNEARの実践活動を継続するとともに、その効果について、認知課題施行時の脳血液量変化の程度を指標として医学的な検討を行いました。その結果,NEAR実施群では,認知機能と関係する背外側前頭前皮質を含む複数の脳領域で,NEAR開始前に比べて有意な脳血液量の増加が認められました。すなわち、NEARは心理社会的な治療法ですが、生物学的な効果をもたらすことが明らかになりました(文献1)。この知見は,統合失調症の場合にも脳機能の可塑性が保たれていることを示しており、認知リハビリテーションの可能性を改めて再認識することができました。この結果は、現在、英文誌に投稿中です。また、心理療法室では、NEARのすそ野を広げる活動にも力を入れています。平成2411月に鳥取大学医学部の主会場と東京会場とをWebで結び、NEARの創始者である米国のMedalia博士にauthorizeされたワークショップを開催しました。このワークショップには、全国19施設から31名の皆様が参加され、新たにNEAR治療者の資格を取得されました。

今後は,人の感情や意図を理解することに関係し、脳内では神経認知機能とは別のシステムで処理されている社会認知機能のトレーニングと組合わせることによって,患者さんの長期的な社会機能を高めることに貢献して参りたいと考えております。

・平成24年度の業績(発表論文)

1) 兼子幸一: 統合失調症の認知機能障害に対する認知矯正療法の治療効果に対する予備的検討-NIRSを用いて. 日本生物学的精神医学会誌, 23巻,177-184, 2012

                                                                                                                     (兼子幸一)