人が外から得る情報の80パーセントは視覚から。
眼の機能が低下すると、転ぶなどの不慮のケガが増えるだけでなく、
認知症、そして老人性のうつが進行する可能性が高くなるという。
眼は、脳、精神にも影響するのだ。
クオリティ・オブ・ライフ(人生の質)を高めるには、
眼の健康を保つことが何より大切である。
今年7月に文部科学省が公表した2020年度学校保健統計調査の結果によると、裸眼視力が1.0未満の割合が小学生で37.52%、中学生58.29%で過去最多を更新した。
子どもの視力は確実に低下している。
「ここ5年ほどで、急性内斜視のお子さんが多くなったと実感しています」と話すのは、鳥取大学医学部附属病院の眼科で弱視や斜視、小児眼科を担当する唐下千寿助教だ。
内斜視とは、左右の視線がそろわず、左右どちらか片方の眼が内側に入る状態を指す。急に眼が内側に入ると、一つに見えていたものが二つに見えるようになる。
近年は、小児から30歳程度までの若者世代で内斜視が増加しているという。
「内斜視の原因はいくつかあり、生まれつきのもの(先天性)、遠視が原因で起こるもの(調節性)、脳の疾患や近視などが原因で大人になってから起こるものなどがあります。これらとは異なる内斜視が、近年若者世代で増加しています」
急性内斜視が増加した、外的要因はまだ不明だ。しかし、スマートフォンやタブレット端末、携帯ゲーム機の過剰使用が影響している可能性が考えられている。
小児は、視力が発達する感受性期でもある。この時期に長時間スマホを見ることは発達にも影響を及ぼし、急性内斜視や近視などの眼の疾患を発症する可能性もある。
内斜視の初期段階は、本人は「ちょっと見えづらい」くらいで不自由感が少なく、周囲の大人も斜視に気づかない場合もあるという。
「いつもとちょっと視線が違うときがある、物を見るときにウインクするように片目をつむるなどが内斜視の注意信号です。気付いたら眼科を受診しましょう」
急性内斜視の治療は、比較的軽い場合は斜視の角度に合わせた斜視用眼鏡で調整。より症状が進むと手術となる。眼を動かす筋肉(外眼筋)の位置を変えて、眼球の引っ張り具合のバランスを調整し、目の位置を矯正するのだ。
筋肉の数は限られており、繰り返し何度も手術することはできない。そして、手術を行なったとしても、生活習慣を見直さないかぎり再発リスクは伴う。
「スマホやタブレット(端末)の利用時間は、小学生以下は一日一時間以内、中学生は二時間以内というのを一つの目安にしています。保育園の子どもに二時間も三時間もスマホを持たせるのは絶対に良くない。スマホやタブレットとの距離は30センチ以上離す。そして30分使ったら5分以上休憩」
とはいえ、いきなりスマホの使用時間を制限すると、子どもは反発するだろう。子どもがスマホを見ている間に仕事や家事をこなす親にとっても大問題だ。
「スマホをテレビなど大きな画面に映すことが出来ますよね。大きな画面で1メートル以上離れて観る。それだけでも全然違います。ただ時間制限は必要です。まずはテレビ画面で観る。その後、徐々に時間を減らしていく」
適切な使用時間や方法を大人が指導することが大切だと唐下は言う。
「現代社会においてスマホを手放すのは無理な話。うまく付き合っていくことが大事なんです」
中高年世代の失明原因の第一位は緑内障である。
緑内障は頭痛・吐き気を伴い、重症になると失明する。原因は〝眼圧〟の上昇による視機能の異常とされてきた。眼圧とは、眼球が球形を維持するための一定の内圧を意味する。主に眼球内の水様液の増減によって変化する。
とりだい病院、眼科教授の井上幸次は、近年、この〝常識〟が見直されているという。
「日本では眼圧の高くない患者がすごく多い。緑内障は、視神経が痛んでくる病気なんです。圧が高くないのに緑内障になる人が多いということは、日本人は視神経が弱いという見方もできます」
視神経は一時間に一本づつ死んでいるという。
「それが老化。視神経が減っていくことは止められない。ただ、速度が早い人と遅い人がいます。早い人が緑内障になりやすい。残念ながら緑内障を予防する方法はない。しかし、進行の予防はできるので早く発見することが大事です。おかしいと思ったらすぐに眼科に行ってほしい」
失明原因の第二位が網膜色素変性症、第三位に糖尿病網膜症、第四位の加齢黄斑変性が続く。
この中で第三位の糖尿病網膜症は、内科での糖尿病治療成績が上がったこと、啓発の効果もあり早期受診により患者数は減っている。第二位の網膜色素変性症。第四位の加齢黄斑変性の原因は未だ解明されていない。
この十年、眼科の世界は加齢黄斑変性という疾患を中心に回っていると言うのは、とりだい病院眼科魚谷竜助教である。
加齢黄斑変性とは、黄斑という網膜の中心部にあって、光を感じる神経が集まっている組織が年齢とともに傷んでしまうことによって起こる。初期の症状としては、物が歪んで見える「変視症」や「歪視」がある。
「網膜というのは、映画のスクリーンのようなもの。そのスクリーンが歪んでしまうと自ずと映る像も歪んで見えるんです」
加齢黄斑変性は「滲出型」と「萎縮型」に2つに分類される。日本人に多いのは滲出型だ。これは、網膜と脈絡膜の境にある色素上皮細胞が傷害され、新陳代謝がうまくいかず、VEGF(血管内増殖因子)というサインが出される。そのサインによって新生血管が増殖。
この新生血管はもろく、破れやすいため、出血したり、網膜に溜まった老廃物が漏れ出しやすい。これが原因で黄斑にダメージを与え、視力低下や前述の「変視症」「歪視」という症状が現れる。黄斑が完全に傷んでしまうと、中心暗点という視野の中心部分が暗くなる症状に進む。メガネの真ん中を黒く塗られたような状態だ。
この加齢黄斑変性は、欧米では失明原因の第一位である。日本でも増加傾向にあるのは、生活の欧米化に起因しているのではないかと考えられている。現在、日本では50歳以上の約1.2%が罹患している。
加齢黄斑変性の治療法について、魚谷は「原因もはっきりわかっていない病気なので、現在のところ、根本的な完治がのぞめる治療はないんです」と話す。
完治は難しいが、病気の進行を遅らせ、止める治療法が2000年代に入っていくつか出てきた。その一つが「光線力学療法」だ。
光に反応する薬剤を点滴で体内に入れ、網膜下の新生血管に留まらせる。そこに弱いレーザーを照射して薬剤と反応させることで新生血管を潰す。薬剤が体内にある間は光過敏症を引き起こすので、日光や強い光が当たらないよう個室での入院が必要になる。
二つ目は、新生血管を沈静化させる薬を硝子体に直接注射する抗VEGF療法だ。外来で治療が可能で入院の必要がない。効果も高いため、現在のところこの治療法が一般的だ。ただし、薬剤が高価であることが難点だ。定期的に注射を打たなければならないので患者さんの負担は大きい。
加齢黄斑変性を早期に発見するには、アムスラチャートが有効だ。片目を閉じた状態でマス目中心の黒い点を見つめる。加齢黄斑変性の疑いがあれば、線が歪んで見えたり、暗く見えたりする。
前出の井上は、現代社会は眼にとっては、良くない環境だと指摘する。
「コンピューターとエアコンとコンタクトレンズ、生活に欠かせない、この三つの“コン”がドライアイを助長する。テレビを観るとき、本を読むとき眼の方向はまっすぐなんです。ところが、コンピューター画面を見るときは上目づかいになりがち。そして、瞬きの回数も減る。コンピュータでの作業はドライアイになりやすい」
ドライアイとは涙液の減少による目の乾燥のことだ。目の痛み、かゆみ、充血などの症状があり、視力の低下をもたらすこともある。
このドライアイという言葉が、一つの鍵となったと井上は考えている。
「例えば、メタボという言葉がありますよね。太っている方に対して、子どもたちでも、あいつメタボだねという使い方をします。メタボはメタボリックシンドロームの略。肥満・高血糖・高中性脂肪血症・高コレステロール血症・高血圧の危険因子が重なった状態のことです。ただ、メタボリックという英語は、〝代謝の〟という形容詞です。それがちょっと太ったという意味になった。メタボという言葉で肥満が生活習慣病のもとという啓蒙になったんです。同じように、ドライアイは以前は、乾性角結膜炎と言っていた。ものものしい名前ですね。ドライアイという言葉を使うことで分かりやすくなった」
ドライアイには対策がある。
「点眼。目薬を差す。眼に限らず、病気は何かが原因となって、すぐに発症するのではない。血糖値が高いと痛風の症状がでます。なにか一つが原因で血糖値が上がるのではない。生活習慣病ですから、日々の生活のさぼったつけがずっと後になって出て来る。それと同じように普段の眼の環境を良くすることが大切なんです」
井上は眼に対する健康意識を持ってもらうため、「アイフレイル」という言葉を多くの人に知ってほしいと考えている。
フレイルとは、加齢などにより身体的・認知的機能の低下がみられる状態を指す。昨今の高齢化社会において、健康で長生きするため、適度な運動やバランスの良い食事、人との交流がフレイル予防につながると、医療や介護の現場から、そして行政でも盛んに呼びかけている。
「フレイルという言葉は、シェイクスピア作の悲劇『ハムレット』の科白にも出てきます。〝Frailty, thy name is woman〟(弱き者よ、汝の名は女なり)。〝Frailty〟は直訳すれば、心が弱いになるでしょうか。日本語だと虚弱と訳されることが多かった。それを医療現場で使うようになったんです。」
年をとってくると眼の調整力が衰える。これが老視、いわゆる老眼である。
「年を取れば老眼になるのは仕方がない。そして、ドライアイもだんだん悪くなる。乾くのではなく逆に涙目のようになってしまうこともあります。分泌が増えるのではないんです。眼から鼻に流れていく涙が、通路で詰まってしまい、溜まってしまう。流涙という状態になるんです」
眼のフレイル(=アイフレイル)を意識することで、症状が進むスピードを緩めたり、機能の維持をしていこうと井上たちは働きかけている。
「人が外から得る情報の80パーセントは視覚からなんです。白内障が進行して見えにくくなると、認知症、老人性のうつも進行します。〝ロコモティブシンドローム(ロコモ)〟という言葉も最近よく使われています。運動器の障害のために移動機能が低下した状態のことです。眼の機能低下はロコモとも繋がっています。眼が見えにくくなると、転ぶなどの不慮のケガが増える」
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)という言葉がある。医療の世界では、患者さんが治療や療養をしながらも、その人らしく生きるために「生活の質」「人生の質」をあげようという考えのもと、使われる言葉だ。井上はアイフレイルを減らすことは、このQOLを高めるために欠かせないと話す。
「“眼は心の窓”というが、まさにその通りで、さらに“眼は身体の窓”でもある。クオリティ・オブ・ビジョンがクオリティ・オブ・ライフを支えるんです」
年をとっても読書やスポーツ、生活を楽しむために、眼の健康を意識することは大切なのだ。
チェックの仕方
※縦や横の線がゆがんだり、暗く見えたりするところがないかを調べます。必ず片目ずつチェックしましょう。