病院長が時代のキーパーソンに突撃!
対談連載「たすくのタスク」
グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長 渡辺幸子

写真・中村 治


たすくのタスク

近年、ビッグデータという言葉を耳にすることが多い。
これまで見過ごされがちであった蓄積された膨大なデータ群のことを指す。
医療におけるビッグデータを基に、全国各地の病院へコンサルディングを行なっているのが、
グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子さんである。
渡辺さんに、とりだい病院の現在と未来、そして日本の医療について聞きました。

病院を一番知っているのは
看護師

渡辺 この対談前、病院内を見学させていただきました。この病院は看護師さんたちが、にこやかで明るい。私が何者なのか分かっていないはずなのに、笑顔で挨拶してくださるのに感激しました。

原田 (笑いながら)ありがとうございます。(中村真由美)看護部長に伝えます。

渡辺 お世辞ではなく、看護師さんたちが提供する看護ケアを患者視点で考え、自分の病院を誇りに思っているのが伝わってきました。こんな大学病院はなかなかないです。どうしてこうした風土が出来あがったんでしょうか?

原田 (戸惑った顔で)いや……どうなんでしょう。ぼくは中にいるから分からないです。一つ言えるのは、看護師がとりだい病院の要だということ。ご存じのように、ぼくたち医師は、診療科によって縦割りになっています。病院内にいる四〇〇人すべてを知っているわけではない。そもそも大学病院では上司は直属の教授です。普通の病院のように病院長が上司ではない。いわば、デパートのように独立した店がたくさん入っているようなものに近い。

渡辺 診療科ごとの縄張り意識も生まれやすいですよね。

原田 とりだい病院は少ないほうだとは思いますが、ないとは言い切れません。その中で看護師というのは、診療科を横断した組織。病院内で分からないことがあれば、(中村)看護部長に聞く。そうすればいろんな情報があがってくる(笑い)。病院を一番知っているのは看護師なんです。

渡辺 診療科の壁を低くすることは、ベッドコントロール(病床管理。院内のベッドの運用・調整)とも関わってきますね。ある診療科で患者さんが増えてベッドが足りなくなったとき、他の診療科のベッドが余っていれば、そちらを活用すればいい。

原田 とりだい病院では、どの診療科も使用できる共通病床を含めて、ベッドコントロールを看護部が担当しています。そのため効率的なベッドの融通が出来ているはずです。ところで、ほとんどの読者は、渡辺さんのお仕事、病院コンサルティングという仕事になじみがない。まずどのような仕事なのか、説明してもらえますか?

渡辺 そうかもしれませんね。現在多くの急性期病院ではDPC(Diagnosis Procedure Combination)という診療報酬(※保険医療機関等が行う診療行為やサービスに対する評価として公的医療保険から支払われる報酬)の包括評価制度を導入しています。このデータを見れば、患者さんに、どのような診断、治療やケアを行っているのか分かり、同じ疾患で他の病院とのベンチマーク(比較)が可能です。私たちは、とりだい病院など25から30の大学病院を含む、最大800病院の医療のビッグデータを用いて、病院の増収対策やコスト削減、地域医療構想下のビジョン・戦略の策定や病院統合再編まで、どのように医療の質を上げ、経営を改善していくかをコンサルティングしています。

原田 ビッグデータの解析、つまり、これまで見過ごされてきた膨大なデータ群の解析は医療のみならず、様々な分野で重要視されています。データから見ると、とりだい病院はどのように映っていますか?

渡辺 やはり急性期の高度治療の象徴であるロボット(支援)手術を先進的に進めてこられてきたことでしょう。釈迦に説法になりますが、ロボット手術は身体に小さな穴を空ける、身体への負担が小さい低侵襲性手術。手術中の出血量が少なく術後合併症の発生率も低い。そのため一般的な開腹手術と比較すると、患者さんの離床が早く、より早く退院できます。とりだい病院は、ロボット手術を真っ先に導入して、実績を積み上げていることが目につきました。



診療科の垣根を崩した
「低侵襲外科センター」

原田 確かに、真っ先でしたね。
2011年に当時の病院長の北野(博也)先生が『低侵襲外科センター』を立ち上げたとき、保険適用として認められていたロボット手術はありませんでしたから。

渡辺 えっ?その時点では保険適用が認められなかったんですか?そうなると患者の負担が大きくなりますよね。

原田 子宮摘出で50万、前立腺がんだと80万から90万円です。

渡辺 通常の開腹手術や腹腔鏡手術ならば保険適用。回復が早いからといって、わざわざロボット手術をするために高いお金を払う人がいらっしゃったんですね。

原田 (大きく手を振って)いないです。そのため、最初の10例については病院が手術費全額を出しました。患者さんの持ち出しはゼロ。その後は、ロボット手術の場合、患者さんに一定の割合のみを払ってもらうというかたちにしました。

渡辺 差額を病院が補填したわけですね。そこまでとりだい病院が、ロボット手術にこだわった理由はなんでしょうか?

原田 ロボット手術は低侵襲で、患者さんの身体の負担を減らすことになる。ロボット手術への保険適用の範囲が広がっていくことは予想できました。このロボット手術を病院の強みにしたいと北野先生は考えたのです。

渡辺 病院のコンサルタントとして興味を持ったのは、低侵襲外科センターには各科の医師が参加していること。執刀医師は手術前に手術時間、出血量を申告しなければならない。そして、その数値のチェックを他の科の医師が担当する。申告された手術時間、出血量を超えた場合は、チェックする医師が手術中止命令を出せる。

原田 ぼく自身の経験でもあるんですが、執刀している医師は、なんとか患者を救いたいという思いが強い。手術中、状況が多少悪くなっても、あと少しでなんとかなる、なんとかしたいと視野狭窄になりがち。特にロボット手術で安全を担保するには、冷静な外部の視点が必要となります。チェック役の医師は手術前のカンファレンス(打ち合わせ)に参加して、手術内容を把握している。その人間が手術を停める権限を持てば、医療事故は限りなく減らせるという考えです。

渡辺 手術をガラス張りにすることは理想です。しかし、さきほども触れたように、医師は、専門外の医師に口を挟まれることをよしとしないのではないですか?

原田 その通りです。例えば、外科の手術をやっているとき、婦人科のぼくが「これ以上やめとけ」って言うわけです。普通は受け入れないですよね。

渡辺 医師たちをどのように説得したのでしょうか?

原田 (微笑みながら)みんなロボット手術をやりたかったんです。低侵襲外科センターが立ち上がったとき、ロボット手術は日本ではほとんど普及していなかった。そこで私たちはロボット手術をやるならば、このルールを守りましょうと決めたんです。

渡辺 医師たちの先端技術に対する興味、向上心をうまく活用されたわけですね(笑い)。



アワ・ホスピタル
(Our Hospital)という概念

原田 昨年、渡辺さんはGHCの社長であるアキよしかわさんとの共著「医療崩壊の真実」という本を上梓されました。この本の中で、日本は急性期病院や病床数が多すぎると指摘されています。そして、新型コロナウイルスで日本の病床が不足しているという報道がありましたが、実はベッドは余っていた。足りなかったのは医療従事者であったと。

渡辺 新型コロナウイルスの重症患者をICU(集中治療室)で受け入れる場合、集中治療専門医、救命救急医が必要です。中等症には、感染症内科医、呼吸器科内科専門医も必要です。加えて、コロナ中等症では通常の患者に比べて2倍以上、重症患者では6~7倍ほどの看護師のケアが必要です。

原田 新型コロナウイルス対応は、看護師への負荷が大きいんです。

渡辺 日本の人口当たりの看護師数はOECD(経済協力開発機構)の中で上位8位と高い水準。しかし日本は病院・病床が多すぎて、医師や看護師が分散し低密度医療になっています。そこをコロナが襲った。医療提供者が薄く分散した医療提供体制では、コロナのような医療需要が急増する「何か」があればすぐに受け入れができなくなってパンクしてしまう。

原田 渡辺さんは、本の中で急性期、そして回復期や慢性期の病床機能をきちんと区分して活用することが課題とも書かれていました。

渡辺 急性期の状態を脱した患者さんは、すみやかに回復期、あるいは慢性期の医療機関に移すべきなんです。ところが日本の場合、急性期の病院が、回復期や慢性期も扱っている。すでに治療が終わった患者さん、急性期を脱した患者さんが急性期病床で入院し続けているというケースが少なくない。

原田 確かに、合併症のおそれがある年配の患者さんは、術後の入院が必要なこともあります。しかし、若い患者さんは、ぱっと手術してすぐに帰りたい。自分の生活に戻りたいから入院したくないという声を良く聞きます。

渡辺 OECD平均の急性期入院日数は約7日。しかし、日本は16日。DPC制度の中で、急性期度の高い病院のデータだけ取りだしてみると、11–12日くらいです。本来は急性期病床に適切でない病態の患者の入院がある、という事を示唆しています。患者さんのためではなく、病院側の経営のための入院が少なくないということです。

原田 ところで、とりだい病院では10年後に新病院への移転を考えています。新病院はIT技術を駆使したスマートホスピタルとします。また、新病院と同じビルに宿泊施設を誘致する案もあります。手術が終わった後、ホテルから外来に通っていただく。

渡辺 DPC制度からみれば、患者さんを宿泊施設に出すというのは、経営上はマイナスです。しかし、患者さんにとってはプラス。病院よりもホテルの方がサービスが手厚いでしょうから、楽に過ごせる。大学病院が提供する質の高い医療サービスにつながり、長期的に考えれば、プラスになる。

原田 渡辺さんに褒めていただいた、看護師たちの患者中心のホスピタリティ(もてなし)も、とりだい病院の強みになると思っています。

渡辺 10年後のスマートホスピタルが楽しみです。(首を傾げながら)ところで、そのとき原田先生は、とりだい病院にいらっしゃるんですか?

原田 ぼくの任期はあと1年強、絶対にいません(笑い)。

渡辺 低侵襲外科センターを立ち上げた北野先生もそうですが、原田先生も、自分がいなくなった後のとりだい病院のことを考えておられる。これが驚きです。看護師さんの、とりだい病院愛とも通じますが、次の世代のことを考えるというのが、この病院の一番の強みかもしれません。さらに私から提案させていただけるとすれば、「アワ(our)ホスピタル」という概念です。

原田 アワ・ホスピタル? 私たちの病院という意味ですか。

渡辺 アメリカなどでは、住民は地域の病院を「アワ・ホスピタル」と非常に大切にしている。大勢のボランティアの方が各フロアにいて、患者さんを案内、車いすやカートを押したりして、非医療行為を提供して、病院を助けています。キリスト教文化圏であるアメリカはもともと、ボランティア活動が盛んです。それに加えて、自分たちの病院だから、守らなければならないという意識が強いのです。

原田 とりだい病院でもボランティアの方がたくさんおられます。さらにお手伝いをしていただける方を増やそうとしていたときに、コロナ禍でストップしてしまった。新型コロナウイルスが一段落したら、アワ・ホスピタルに向けて、動き出しますね。




たすくのタスク

原田 省 鳥取大学医学部附属病院長
1958年兵庫県出身。鳥取大学医学部卒業、同学部産科婦人科学教室入局。英国リーズ大学、大阪大学医学部第三内科留学。2008年産科婦人科教授。2012年副病院長。2017年鳥取大学副学長および医学部附属病院長に就任。患者さんと共につくるトップブランド病院を目指し、未来につながる医学の発展と医療人の育成に努めながら、患者さん、職員、そして地域に愛される病院づくりに積極的に取り組んでいる。好きな言葉は「置かれた場所で咲きなさい」

渡辺 幸子 グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長
大阪で脳神経外科ナースとして勤務した後、慶應義塾大学経済学部に編入学し、医療経済学を学ぶ。卒業後米国ミシガン大学へ留学し、医療経営学修士、応用経済学修士を取得。日本ジョンソン&ジョンソン社で病院コンサルティングを手がけた後、2004年、株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長に就任。



『医療崩壊の真実』
著者:アキよしかわ 渡辺さちこ
出版社:エムディエヌコーポレーション
コロナ禍の医療ビッグデータ分析で、メディアが報じる「医療崩壊」とは全く異なる真実が浮き彫りに…日本医療の急所と病院現場がとるべき戦略を解説。
たすくのタスク