肥満症手術までの「3年間」を追う とりだい病院の チーム医療

取材・文 西海美香 写真・中村治


チーム医療
左から 薬物療法内科 教授 今村武史
精神科 助教 三浦明彦
糖尿病看護認定看護師 古志谷梨恵
リハビリテーション部 理学療法士 仲田享平
消化器・小児外科 助教 宮谷幸造

今年3月30日、とりだい病院で山陰地方初の「高度肥満症に対する腹腔鏡下スリーブ状胃切除術(以下、肥満症手術)」が実施された。この肥満症手術では、胃の拡張する部分を切除し、およそバナナ一本分(150ml程度)の胃だけを残す。マライア・キャリーや元大相撲大関の小錦が受けたことで記憶のある方もいるだろう。この肥満症手術は手術自体が注目されがちではあるが、術前から術後数年に至るまで、複数の診療科、そして多職種による支援が不可欠となる。いわゆる「チーム医療」である――。

肥満症手術は
誰にでも勧められるものではない

鳥取大学医学部附属病院(とりだい病院)で肥満症手術の「チーム」が結成されたのは、今から3年前、2018年に 遡る――。

肥満症治療チームの起ち上げは、手術を行なう消化器外科が主導した。そして、内分泌代謝内科、循環器内科、薬物療法内科、耳鼻咽喉科、精神科、リハビリテーション科、麻酔科の医師、看護師、管理栄養士、理学療法士、検査技師が集まった。月2回のカンファレンスで肥満症手術についての理解を深め、専門の立場で意見を述べ合い、対象となる患者さんについて検討を続けた。

しかし、複数の診療科、多職種というそれぞれ高い専門スキルを持ったスタッフが集まってのチーム構築はそう容易なものではない。カンファレンスをまとめる消化器外科助教 宮谷幸造は言う。

「栄養、運動、精神面のフォローなど難しい課題が多い手術なので、患者さんのリスクとベネフィットの点から簡単に結論づけられるものではないんです」

新しく船出したチームは、細かに情報共有をしながらコミュニケーションを図っていった。メンバーそれぞれが学会などで築いた人脈を頼りに既に手術を行なっている医療機関などから情報収集も行なった。全てはとりだい病院での肥満症手術第1例目をつつがなく成功させるためだ。

同時に3年間で10人近くの患者さんの手術について検討を進めている。ただし、そのほとんどは、手術を受ける前に内科的治療で数値が改善した、あるいはサポートをしてくれる家族の理解が十分に得られなかったなどの理由で手術には至らなかった。

内分泌代謝内科・北尾苑子は内科医の立場から健康な胃を切る肥満症手術はどうしても慎重にならざるを得ないと前置きする。

「術後はこれまでと同じように食事を摂ることが難しくなります。減量を成功させるには術後の食生活が重要ですので、私たち内科医もフォローを継続していきます。ひとたび胃を切ってしまうと元に戻すことはできません。患者さんが手術しなければよかったと後悔なさることはどうしても避けたい。この手術は、内科的治療のみと比べて長期にわたる減量が得られることは証明されているので、良い治療であることは間違いない。だからこそ、手術適応の判断がとても重要。患者さん本人だけじゃなく、ご家族も含めて治療内容やリスクなどをしっかりと理解いただく必要があります」



肥満症手術のメリットとデメリット

ヒロミさんがとりだい病院消化器外科を受診したのは、2020年9月のことだった。彼女は、社交的で旅行が好きな50代の女性だ。数年前から母親の介護で食生活が不規則となり、ストレスも相まって急激に体重が増加した。気づけば体重は96kg。そのうちに身体のだるさなどの不調を感じて近所の内科を受診、糖尿病だと診断された。

処方される薬の数は徐々に増えていった。これまで病気知らずだったヒロミさんにとって、薬を飲み続けるのは苦痛だったという。そんな時、インターネットで「肥満症手術」のことを知った。国内でも既に多く行なわれている手術だが、山陰で行なっている施設はまだなかった。遠方まで治療に通うのはハードルが高く、諦めなければならないかと思っているとき、とりだい病院の医師が肥満症手術について紹介する動画に出会った。「山陰で手術が受けられる」とヒロミさんはとりだい病院を受診したという。

※1:高度肥満症に対する外科手術は医療上「減量・代謝改善手術」と読んでいるが、本文では「肥満症手術」と記す

ここで肥満症手術について説明しておこう。

肥満症手術とは、単なる減量だけが目的の手術ではない。現代社会では、食生活の欧米化、運動不足、ストレスから肥満になる人が増え、肥満に起因・関連する糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、脂質異常症、高血圧症などを併発する人も増加している。肥満や低体重(やせ)の指標にはBMI (Body Mass Index)がある。この指標で「肥満」に定義されるのはBMI25以上で、世界的にみると21億人以上に及ぶという。

日本国内では男性33%、女性22.3%が「肥満」に該当する(令和元年度厚生労働省国民健康・栄養調査による)。さらにBMI35以上は高度肥満と定義される。これに加え、前述した糖尿病などの合併症がある場合、肥満症または高度肥満症に分類される。肥満症は一つの疾患なのだ。

この肥満症治療には、糖尿病をはじめとする内分泌疾患の診療にあたる内分泌代謝内科、薬物療法内科、睡眠時無呼吸症候群の治療をする耳鼻咽喉科の医師、看護師、栄養指導を行なう管理栄養士、運動療法を担う理学療法士、メンタル面でのサポートを行なう精神科医が連携している。

薬物療法内科教授 今村武史は「肥満症の治療に用いる薬は現在2種類あるが、いずれも食事や運動コントロールがしっかりなされなければ改善は望めない」と話す。一時的に痩せても結局リバウンドして更に体重が増加する。こうした失敗体験を積み重ね、減量することを諦めてしまう方も少なくない。また、BMI35以上の高度肥満症に対しては内科的アプローチだけでは治療が難しいケースも多い。

肥満症の治療は、まず服薬、栄養、運動治療を基本とした内科的治療を行う。内科的治療で改善がみられなければ、胃の切除——肥満症手術という選択肢が出て来る。肥満症手術の適応対象となるのが、この高度肥満症の患者である。

肥満症手術は、今回とりだい病院でも実施した腹腔鏡下スリーブ状胃切除術のほかに胃の上部を締め付け、貯留する食物の量を調節する方法や(胃バンディング術)胃の入り口を小腸につなぎ胃での食物の吸収を減少させる方法。(胃バイパス術)などがあるが、このなかで、国内で保険適用が認められているのは、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術のみ。

肥満症手術は減量手術だけではなく、糖尿病も含めた代謝改善手術という側面もある。消化器外科教授 藤原はこう説明する。

「切除することで物理的に胃の容量が小さくなるとともに、食欲を刺激するホルモン(グレリン)を分泌する部分を切除するため、食欲そのものも低下します。内科的治療ではコントロールの難しい患者さんにとって治療の一つの選択肢になります」

ただし、その代償は小さくない。

BMI35以上の高度肥満になる人は、精神面の課題を抱えていることも多い。精神科助教 三浦明彦は、ドイツの精神科医E・クレッチマーの分類を例に挙げる。肥満の人に多くみられる特徴は循環気質。社交的でポジティブな考えを持っている反面、八方美人で優柔不断なところもあり、思い悩むことも多いという。

食べることに対しての興味や執着がある人にとって、肥満症手術を受け、体重が減少、糖尿病などの病気が改善しても、人生の楽しみが見出せない状況に陥ることも少なくない。それが起因となり、うつ状態になることもあるという。さらには自殺率が上がるといった報告もある。そのため、肥満症手術を受ける患者は全員、精神科を受診する。精神的な問題の有無をまず診断し、どのような治療やサポートがベストなのかを検討。性格や行動特性などを把握することで手術が適しているのかを見極めていくのだ。



表1 保険診療の条件
●BMI 35kg/㎡以上の肥満症の方で、6か月以上の内科的治療にもかかわらず十分な効果が得られない(減量しない/リバウンドした)糖尿病、高血圧症、脂質異常症、または閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち、1つ以上合併している方 ●BMI32.5~34.9kg/㎡で、6か月以上の内科的治療にもかかわらず十分な効果が得られない、かつ糖尿病を有する肥満症の方。あわせて、内科的治療抵抗性の高血圧症、脂質異常症、または重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併している方

※注2:BMI(Body Mass Index): ボディマス指数と呼ばれ、体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数  BMI = 体重kg ÷ (身長m)2



現代の医療には求められている
「チーム医療」

手術前の準備は、体重コントロールから始まる。これまで自分が好きなものを食べたいだけ食べ、体重が増えたことで膝や腰に負担がかかり運動も控えがちな患者さんにとっては、栄養指導や運動療法は厳しいものだ。

理学療法士の仲田享平は「肥満症の患者さんはただでさえ身体が大きいので運動が辛いんです。やりたい気持ちはあっても身体がついてこない。簡単なストレッチだけでも筋肉痛になるんです」と話す。

前述のヒロミさんもすぐには結果が出なかった。指導に応えられないジレンマで「私のことを認めてくれない」と落ち込むこともあった。そんなとき、糖尿病看護認定看護師の古志谷 梨恵が「手術に向けて、行動を改善することが重要ですよ」とアドバイスした。

手術を受けたい、そのためには体重や血糖値、コレステロール値などの数値を下げるための自己管理をしなければならない。退院し自宅に戻ってからも、指導に従って3分の砂時計を食卓に置き、少しずつよく噛んで食べ、間食も控えた。身体に負担のない程度で筋トレ、有酸素運動も行なった。

2021年2月、手術直前の入院時には体重が81.1kg、初診時36.9だったBMI値も32.3にまで下がった。術前の目標は、体重-5%もしくはBMI-4.0と設定されていたので、大きくクリアして手術が受けられる状態になったのだ。

糖尿病や肥満症の患者さんを多くサポートする管理栄養士の中山 奈都子は言う。

「人それぞれの生活スタイルがあるので、じっくり話を聞いて一人ひとりに合わせた栄養指導をしています。」

ヒロミさんの術後1ヶ月経った検診での結果は良好。6月、3ヶ月目の検診も終え、現在の体重は73kg。糖尿病の薬は手術前にすべて飲まなくてもいい状態になった。

「薬を離せたこと、そして何より大好きなオシャレを楽しめることが嬉しい。もう元の状態には戻りたくないです」と明るく話してくれた。

くどいようだが、肥満症手術は、楽して痩せられる夢の手術ではない。患者にとっては手術のあとが長く、肝心なのだ。減量した体重や改善した合併症の数値を維持するために自己管理を継続していかなければならない。そのため、術後数年に亘り、内科、外科、精神科をはじめとする複数診療科、栄養・運動指導を中心としたメディカルスタッフの専門的なサポートが必要となる。

とりだい病院の肥満症チームでは現在、月に一度カンファレンスを開いている。およそ20名が集まり、患者一人ひとりについてどういう治療が適しているのかを丁寧に検討している。医師、看護師をはじめ多くのスタッフが関わるチームは、とりだい病院内で活動するチームの中でも最も大所帯の部類に入る。

チーム医療 腹腔鏡下スリーブ状胃切除術

厚生労働省がチーム医療の推進をはじめて12年。全国で多くの医療機関がチーム医療に取り組んでいる。とりだい病院では、ロボット手術を安全に行うための低侵襲外科センター、心不全患者の再入院予防や心臓リハビリテーションを推進するチーム、院内での急変を未然に防ぐRRS(Rapid Response System)、糖尿病医療支援チーム、栄養サポートを行なうNST(Nutrition Support Team)、褥瘡チーム、緩和ケア、転倒・転落防止チーム救命救急センターでの多職種連携など院内各所で進められているほど、組織横断的な連携を図れる土壌が既にある。医師、看護師、メディカルスタッフそれぞれが専門の知識・技術を結集し、治療に臨む。そして、患者も医療者に全てを委ねるのではなく、チームの一員として積極的に治療に参加する。この医療のかたち——チーム医療が現代の医療には求められている。

チーム医療 カンファレンス以外でも細かく治療について共有するチームメンバー