Tottori Breath 病院に本屋のある風景



Tottori Breath

ジャーナリストで作家の立花隆さんが今年4月、急性冠症候群で亡くなった。80歳だった。彼が1974年11月、月刊文藝春秋に発表した「田中角栄研究~その金脈と人脈」は、当時の総理大臣・今太閤と呼ばれた、田中角栄内閣を退陣に追い込むきっかけを作った。

日本列島改造論を引っさげ、国民的人気をバックに総理に就任。その後、日中国交正常化を果たした田中角栄氏だったが、立花さんは、関連企業を使った土地ころがしなどの錬金術の実態を克明に取材した。

立花さんの報道の後、角栄人気は急降下。「金権政治」という言葉が、新聞紙面を賑わせた。その後、ロッキード事件が起こり有罪判決。角栄氏は政界の闇将軍と呼ばれたものの、二度と総理の座に就くことは無かった。

私の大学時代の研究テーマは「雪国の政治風土」。まさに立花さんと同じく、田中角栄元総理の選挙を取材し、彼の選挙地盤だった新潟3区をフィールドワークの現場にした。そんな所以で立花さんの「田中角栄研究 全記録 上下巻」(講談社文庫)は、私のバイブルともいうべき存在。登記簿を徹底的に調べ、金の流れを追い、不透明な関係と疑問点を詰める。調査報道という言葉を知ったのも同書だった。

立花さんは『臨死体験』『脳死』『日本共産党の研究』『宇宙からの帰還』など科学技術、医療、政治と幅広いジャンルの著作を残した。そんな中に『ぼくはこんな本を読んできた』(文春文庫)という本がある。

ここでは立花式の読書論が開陳されている。彼は「人間は知りたいという欲求を持っている。おそらく食欲と並ぶくらいどうしても必要な欲求」と説く。その知識欲を常に新しいものに振り向けて、精神的に成長していくのに読書は欠かせないと解説する。

また「自分の水準に合わぬ本は途中で読むのをやめなさい」「同じテーマを扱った類書は、深めるために何冊でも読みなさい」と書いている。膨大な資料と格闘してきた立花さんらしい読書術だ。 とりだい病院に入院している時、私は電子書籍で久しぶりに立花さんの『田中角栄研究』を読んだ。懐かしさと同時に何度も読んでいるのに新たな発見があった。調査の起点や理由。資料が揃わない葛藤と苛立ち。立花さんの複雑な心境も行間に現れていた。私自身が病気と立ち向かう、入院という環境だったから理解できたことだったのかも知れない。

「本は、読む年齢や環境が変われば違う表情を見せる」

これも立花さんの本に書いてあることだ。

さて、この8号が皆さんのお手元に届いている頃、とりだい病院一階に「カニジルブックストア」がオープンしている。運営は、カニジルの田崎健太編集長が社長を務める株式会社カニジルである。この企業は鳥取大学発ベンチャーの認定を受けている。この本屋さんのユニークなところは、田崎さんの人脈をフルに生かした多彩な選者による。〝選書〟だ。 選者には、歌人の俵 万智さん、ノンフィクション作家の佐々涼子さん、常井健一さん、元日本テレビプロデューサーで『進め!電波少年』のT部長・土屋敏男さんらが名前を連ねる。彼らがどんな本を私たちに推薦してくれるのかワクワクする。その他、本から生まれる院内イベントも企画しているというから楽しみだ。また、カニジルブックストアの店長を務めるのは、境港出身の鈴村ふみさん。『櫓太鼓がきこえる』で第33回すばる新人賞(集英社)を受賞した期待の作家でもある。

とりだい病院に知識の泉、本屋さんができた。患者さんだけでなく地域の皆さん、病院スタッフにも是非訪れて欲しい。田崎さんは「面白い知の化学反応をここから起こしたい」と語る。病院に本屋さんのある風景。なんて素敵ではないか。



結城豊弘
1962年鳥取県境港市生まれ。テレビプロデューサー。とりだい病院特別顧問と本誌スーパーバイザーを務める。鳥取県アドバイザリースタッフ。境港観光協会会長。