私は映画が好きだ。小さい頃から父に連れられ境港や米子の映画館に通った。京都太秦の東映撮影所で短い期間、美術の仕事を手伝っていた若き父。祖父母の面倒を見なくてはならず、故郷に戻り設計施工の仕事についた。映画の話になるといつも目を輝かせていたことを思い出す。
その影響で、私はこれまで映画評論や映画紹介の番組制作まで手がけてきた。まさに三つ子の魂百までだ。
眼科科長でとりだい病院副病院長の井上幸次教授に、カニジルラジオ(BSSラジオ・毎週土曜日・昼12時25分~放送・メインパーソナリティー 田崎健太 カニジル編集長/木野村尚子 アナウンサー)に出演頂いた。専門は角膜疾患や眼科感染症。大阪大学医学部大学院を修了され、大手前病院、大阪大学を経てとりだい病院に来られたという経歴。
お堅い先生かしらと思ったら、映画が大好きで、特に名匠・黒澤明監督の大ファンだとか。特に心に残っている映画として挙げたのが、無知と貧困に抗う江戸時代の小石川養生所の老医師、赤ひげと若い医師の師弟物語を描いた「赤ひげ」(1965年公開 主演 三船敏郎/加山雄三)。何度もテレビドラマなどでリメイクされた黒澤監督の名作。
井上さんは赤ひげが劇中で語る「医学は誰のものでもない、天下のものだ」という力強いセリフに感動したそうだ。それ以来、医学という知識のバトンを他者に丁寧につなぐことを考えて、相手の声を良く聞き、患者さんや教え子たちに接しているという。柔らかい関西弁で映画から学んだ大切なことを話された。
医師や医療現場を描いた映画作品は多い。今年一月公開の「心の傷を癒すということ 劇場版」も見応えある作品だった。阪神淡路大震災の後、被災者の心のケアに奔走した実在の精神科医・安 克昌氏の著書を原案に柄本祐主演、尾野真千子、森山直太朗が脇を固めた。
阪神間や神戸を襲った大震災。安医師は多くの避難所で被災者を支援する。生きる支えを失った人々。心の傷に苦しむ家族たち。今では一般的となった、被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の基礎を築いた一人として、安医師の静かで壮絶な戦いが丁寧に描かれた。中でも安医師が、被災者の声に丁寧に耳を傾けていくシーンがとても印象的だった。
先日、とりだい病院で今年初めての病院運営諮問会議が行われた。病院の運営や方向性について、意見や感想を病院外部の有識者から詳しく聞き、今後の方針や将来に活かしていこうという目的で設置された会議だ。「こんな会議があるのか」と私も参加するまで知らなかった。いわば病院の考え方の羅針盤となる重要な会議。
諮問会議メンバーの大﨑 洋・吉本興業ホールディングス会長は「病院は健康と医療の要。経済活動の中心。地域の声が集まる場だ。例えば、病院とお笑い芸人とのコラボとか出来ないか。笑いは健康につながる」とユニークな意見を披露。また、不妊治療の第一人者で慶應義塾大学医学部名誉教授の吉村泰典さんは、地域病院の重要性と女性が生き生きと働ける社会の大切さを強調した。
米子の生んだ経済学者・宇沢弘文の長女、占部まりさんは「経済学の原点は人間。病院は社会的共通資本。健全で持続可能な経済活動を続けられる基盤である」と語った。
原田 省病院長や首脳部が真剣にメモを取り、時には厳しい意見に耳を傾けた。多様な人々と論じ、相手の声をよく聞く姿勢。地域医療の進歩の健全な姿がそこにあると感じた。
結城豊弘
讀賣テレビ放送株式会社 報道局兼制作局 チーフプロデューサー
1962年鳥取県境港市生まれ。読売テレビ報道局兼制作局チーフプロデューサー。「そこまで言って委員会NP」「ウェークアップ!」等の取材・番組制作を担当。とりだい病院特別顧問と本誌スーパーバイザーを務める。鳥取県アドバイザリースタッフ。境港市観光協会会長。