最良の地域医療とは何か 大山診療所の「(パク)先生」

写真/文・中村 治


朴先生

地域に赴いて患者を診ることが地域医療だと思っていたと(パク) 大昊(テホ)は言う。
しかし、実際はそれだけではない。患者や家族、そして地域が抱える問題や思いを受け止め、コミュニティを支えることだった。あなたのために何ができるだろうか……。大学病院の診療とは違う、医師の役割とは。


朴先生
日々の診療とともに、週に数回往診に出かける。この日は自宅で末期がんの治療を続ける高橋さんを訪れた。入院でなく、自宅で治療を続けたいという希望を、出来る限り叶えてあげたい、と朴先生は言う。

ぼくがカニジルの撮影で山陰に入るときは雨が多い。この日も、近づいてきた台風の関係で、ぽつぽつ細かい雨が落ちていた。鳥取県のシンボルとも言える大山の中腹にある大山町は、風光明媚な場所である。見晴らしのいい場所からは日本海が見渡せ、山の傾斜に沿って美しい水田が広がり、雨の重みでさらにこうべを垂れた稲穂が、一面を黄金色に染めていた。そのとき、ぼくはここで朴大昊先生を撮影したいと思った。それが前ページの写真だ。

協力してくださったのは、先生の患者である若林さん。御年96歳と聞いて驚いた。元ラグビー選手でがっちりとした体格の朴先生に支えられながら現れた若林さんの笑顔からは、高齢者の独居という重い言葉の響きは感じられなかった。

大山町の住民は約16000人、その4割が65歳以上の高齢者だ。大山診療所はとりだい病院のある米子市まで、車で30分ほどの距離。それほど遠い距離ではない。しかし、車を運転できたとしても、ほとんどの高齢者は交通量の多い国道9号線に入ることができないのだという。高齢者にとっては、米子ははるか彼方にあり、大山町が生活のすべてなのだ。一帯の医療を担う朴先生の責任は重い。

「家族がいないからとか、田舎だから家で死ねない、というのは違うんじゃないかと思っているんです」 そのためには、どうコミュニティを維持していくのかを問い続ける必要がある、と朴先生は力を込める。地域医療を担う医師は、まず総合診療医として、どんな病気にも対応できる技術が必要とされる。それだけではなく、地域を見つめる力が試される。つまり、病状や疾患だけでなく、その人の家族や仕事、人生を見て、時に患者とともに大切な決断を行なう必要に迫られる。そして、どこで、どう最期を迎えるのか。医師として、良き隣人として、ともに人生の最後の場面に向き合うのである。

一昨年に赴任した朴先生の自宅は、大山診療所から歩いて数分のところにある。空き家だった日本家屋での一人暮らしだ。町内に住んでいるので、患者に不測の事態があった場合もすぐに駆けつけられる。朝起きると玄関に野菜や果物が置いてあったりするのだそうだ。僕は野菜をつくれないけど、病気を診ることはできるんです、と朴先生はうれしそうに笑った。



(パク) 大昊(テホ)
静岡県浜松市生まれ。鳥取大学医学部医学科卒業。沖縄県立中部病院、八重山病院附属波照間診療所所長などを経て、2019年より大山町国民健康保険大山診療所所長。専門は家庭医療、プライマリ・ケア。

写真/文・中村 治
1971年広島生まれ。成蹊大学文学部を卒業後、中国・北京に2年間留学。ロイター通信社北京支局の現地通信員としてキャリアをスタート。ポートレート撮影の第一人者である坂田 栄一郎氏に師事。2006年に独立、現在は雑誌広告等のポートレート撮影を中心に活動している。中国福建省の山間部に点在する客家土楼とそこに暮らす人々を撮影した写真集『HOME』(リトルマンブックス)が好評発売中。2020年「さがみはら写真新人奨励賞」受賞。