本は命の泉である
とり大「人生を変えた一冊」
「太陽黒点 山田風太郎ベストコレクション
山田 風太郎 KADOKAWA/角川文庫

文・西海美香


人生を変えた一冊
©︎中村 治



放射線部 技師
坂本洋輔

放射線部に所属する坂本洋輔技師が山田風太郎のミステリー小説『太陽黒点』に出会ったのは、岡山大学医学部保健学科放射線技術科学専攻に通う大学2年生の頃だった。

大学に入って間もなく見たアニメ『バジリスク〜甲賀忍法帖〜』。その原作が1950年代に書かれた山田風太郎の『甲賀忍法帖』であることを知り、すぐに読んでみたという。そして、斬新な世界観が約40年以上も前に書かれたものであることに驚いた。

「今の時代に書いたと言われても不思議じゃないくらい、10代の僕にとって、新鮮で面白い作品だった」

たまたま、2010年に山田風太郎賞が創設され、絶版となっていた作品が続々復刊される時期だった。

「月ごとにどんどん復刊されていたのでとにかく全部読んでいった。そのなかの一冊がこの『太陽黒点』です」

『太陽黒点』は、日本が戦後復興を果たし、高度成長期を迎えた昭和30年代の東京が舞台のミステリー小説だ。「死刑執行・一年前」からカウントダウンされる不穏な章題とは裏腹に、若者の恋愛や堕落が延々と描かれていく。しかし、冒頭からはまったく想像できない苛烈なまでの衝撃的な展開が終盤に待ち受けている。「もはや戦後ではない」と謳われ繁栄を享受する時代。山田風太郎は戦争で命を落とした同世代の人たちへの鎮魂歌としてこの物語を書いた。

平成生まれの坂本技師にとって戦争は遠い昔の話で、現実味はない。それでも、戦争を経験した登場人物の虚しさや怒りは痛いほど胸に響いた。〈天下泰平、家庭の幸福、それだけじゃつまらないといいやがった。ふざけるな、それがあるだけで、無上の幸福というものではないか?〉という一文は事あるごとに思い返すという。

「よくある戦争の物語だったら、こういう言葉も感動するだけで終わる。でも、ミステリー小説として見せられたことで、自分自身に突き刺さるかたちで残った」

放射線技師としてとりだい病院に就職して間もなく、父親が病気になった。父親は定年退職し、これからはのんびりするのだろうと思っていた矢先だった。結局、父親は亡くなった。思っていたものとは違うかたちで終わった父親の人生、そして働き始めで悩みも多かった自分自身の心境が『太陽黒点』と重なった。

「自分もいつどういうかたちで終わるかわからない。それならなるべく後悔しない生き方をしたいと思うようになりました」

坂本技師は少し笑みを浮かべながら、ゆっくり言った。

忙しい仕事の合間を縫って小説は読み続けている。ミステリーが中心だが、最近は古典作品や海外のSF小説もお気に入りだ。読書に何を求めているのかと訊ねると「考え方とか感情とか、人それぞれだということが学べる。自分の思考を固まらせないために」と答えた。

現在、彼はCT、MRI、レントゲンとIVR(血管造影)の撮影をローテーションで担当している。仕事で最も大事にしていることは〝患者さんに気分良く帰ってもらうこと〟。山田風太郎の小説をはじめとした書籍から学んだこと、そして父親の治療中の経験が、放射線技師として日々患者さんに向き合う坂本技師の土台となっている。