本は命の泉である
とり大「人生を変えた一冊」
「おおきな木」
シェル・シルヴァスタイン 作・絵 篠崎書林

文・中原 由依子


特集
©︎中村 治



看護部 外来統括マネージャー
渡邊仁美

とりだい病院一筋のベテラン、渡邊仁美さんの師長室の本棚には、医療、看護の専門書のみならず、マネジメントや名言集など様々な書籍が並んでいる。そんな渡邊さんの「人生を変えた一冊」は意外にも絵本——シェル・シルヴァスタインの『おおきな木』だった。

この絵本は、幼い男の子が成長し、老人になるまで、温かく見守り続ける1本の大きなリンゴの木の話である。木は、果実や枝、幹のすべてを彼に与え、最後は切り株になってしまう。そして「きはそれでうれしかった」と終わっている。無償の愛や慈愛を描いた作品である。

渡邊さんがこの本と出会ったのは中学生の頃だった。当時は本より音楽が好きで、友達から借りてきたビートルズのLP盤を聴いていた。そんなある日、1歳下の妹が音楽に興味を示したので、「これいいよ」と貸した。すると本好きだった妹は、代わりに「これがいいよ」と『おおきな木』を渡邊さんに渡したのだ。

絵本を読み終えると涙が流れた。

「相手に求める前に自分が自立していないとダメだ。自立していなければ、人にも与えることはできない」

絵本がきっかけで、渡邊さんは〝自立〟に目覚めていく。自立=仕事に就くことだと考えた彼女は、得意だった数学と理科の教師を志す。しかし受験に失敗。そして看護師を選んだ。

「あの頃は、注射を打つのがすごい嫌でねー」と、彼女は学生時代を振り返る。看護師として自立したい。そのためには自分の力を付けなければならないと、知識と技術の習得に励んだ。

やがて看護はマニュアル通りにただやるのではなく、患者さんに合った看護を〝創造〟しなければならないと思うようになった。現状を分析し研究、他に適した手法があれば実践、実証していく。悩んだ時は研究論文や総説など文献を漁った。そしてそこから理論や概念の原著をたどった。原典にこそ、全てのエッセンスがあると考えたからだ。

渡邊さんはそうした本を参考にしながら、自分の看護を掘り下げた。実践と研究を積み重ね、自らも論文発表し、賞も受けた。当時、看護師の受賞は異例だった。幸いだったのは、看護を創造していく文化が、とりだい看護部にあったことだと、彼女は言う。

現在彼女は看護師長となった。後進の指導を任される師長という職は、絵本の中の切り株だけになったリンゴの木と重なる。

「絵本では、切り株に主人公が座り、『きはうれしかった』で終わっています。でも私は、まだ先があって、この木から新しい木が生えてくると思うんです。この木の役目は終わっても、次につながる新たな芽を残し、木は永続的に続いていく」

渡邊さんは、自分が培ってきたことが次につながり、とりだい看護部の文化に溶けこむことを願っている。

ちなみに、ビートルズのレコードを貸した妹は、姉以上にビートルズ、そして英語にとりつかれ、末はイギリスに永住してしまった。

あの時の本とレコードの交換は互いの人生の分岐点となったのだ。