鳥大の人々
看護部 外来クラーク 鷲見 万里子
外来クラークは私がようやく見つけた居場所

文・田崎 健太 / 写真・中村 治


鷲見万里子
©︎中村 治

病院で働いているのは医師や看護師だけではない。ほとんどの患者が最初に病院の人間と顔を合わせるのが受付業務——外来クラークである。難解な医療専門用語の理解や医師、看護師とのコミュニケーション。それまで医療と無縁の世界で生きてきた女性にとって戸惑うことばかりだったという。



誰と出会うか、どんな環境にいるか、そこで何を感じるか――。巡り合わせで人生は大きく変わるものだ。

鷲見 万里子もそんな一人である。

鷲見は1986年6月に島根県松江市で生まれた。高校卒業後、飲食店、美容関係などで働いた。腰が据わらなかったのは、どれも自分にはしっくりこなかったからだという。

「特にやりたいことがなかったんです。人と話すことが好き、というだけで仕事を選んでいましたね」

夢なく生きてきたって感じですか、とはにかんだ。

そんな彼女が焦りだしたのは、高校卒業から10年近くが経ち、20代の後半に差し掛かってきた時期だった。

「年齢を考えたら、このままじゃいけない。いろんな人に話を聞いたり、ハローワークで職業相談したり。これまでの経験を生かすにはどうしたらいいと考えたときに、外来クラークという仕事がありますよって、ハローワークで教えられたんです」

クラークは英語で事務員を意味する。外来クラークは、主に受付業務に担当する職員のことだ。

「職業訓練校で8か月間、医療事務について学びました。医事会計の点数、病院事務に必要な知識、電子カルテの操作法とかですね。その後、病院で実習させてもらった後、ここの面接を受けたんです」

鷲見はそういって下を指差して笑った。2014年12月から、とりだい病院で働き始めている。最初は戸惑うことばかりだったという。

「今まで(医師の)先生と話をする機会がありませんでした。そして医療の知識もない。先生とのコミュニケーションが大変でした」

医師は、大学生時代から医療という専門分野に没入して生きてきた人間たちである。医療に限らず、専門性が高い分野では内部での意思疎通に使用される共通言語が存在する。そして長期間、その中で生活していると、それらが外部に理解されにくいことを忘れがちである。

「カルテなどに検査の指示が略語で書かれているんです。簡単なところならば、レントゲンは〝XP〞。心電図ならば〝ECG〞。病名も横文字で書かれているんです。受付業務自体のマニュアルはあるんです。でも、(医療に関わる)略語などの説明はないです。職業訓練校でも学ばなかった。全く指示も病名も分からなかったんです」

先生、これは何ですか、と聞いてみると、そんなことも分からないのかと返されたり、明らかに不機嫌な顔をされることもあった。不思議だったのは、控えめだと思っていた自分が、そのとき怯まなかったことだ。

「先生からしてみれば、忙しいのに何を基本的なことを聞くんだって感じだったんでしょう。でもめげずに聞きましたね。その他、看護師さんに聞いたり、家に帰ってインターネットで調べたり。最初は本当に大変でした」

とりだい病院の外来クラークは、担当する各診療科が日によって変わる。脳外科、麻酔科、内科、外科など、当然のことだが病名、処置は全く違う。

「初診の患者さんだとどの科でも紹介状をお持ちです。看護師さんにそのままお任せすればいいんです。再診の場合、こちらで理解しなければならないことがあります。今でもぱっと見て分からない病名はたくさんあります」

外来クラークは、病院の玄関口である。ほとんどの場合、患者が最初に顔を合わせるのは受付にいる外来クラークだ。長く通院している患者は、まず顔見知りの外来クラーク、あるいは看護婦を探す。働き始めたばかりの頃を鷲見はこう振り返る。

「私には全然、声を掛けられなかった」患者から頼られるようになりたいと思った鷲見は、多くの資格を取得した。メディカルクラーク、メンタルケアカウンセラー、ホームヘルパー二級、調剤報酬請求事務技能検定二級、ピンクリボンアドバイザー――など、である。

やがて、患者たちは鷲見の顔を見つけると表情が緩むようになった。医師や看護師たちから「(仕事が)分かってきたね」と言われたことも嬉しかった。ようやく自分の存在価値を認められ、居場所ができたような気がした。

同時に漠然とではあるが、未来に対する不安も頭をもたげていた。外来クラークの契約期間は5年間。延長するには半年間を空けて、再度、採用試験を受ける必要があった。同僚たちと、将来の話になることもあった。期限のない他の病院に転職した人間も少なくないと教えられた。自分もやがてここから離れるのかと寂しく思った。

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