病院長が時代のキーパーソンに突撃!
対談連載「たすくのタスク」
第3回 女優 戸田菜穂



戸田菜穂
©︎中村 治

鳥取大学医学部附属病院長の原田 省(たすく)が、話題の人に会いに行く対談連載。 第3 回は、高津川の流域で暮らす人たちの営みを淡々と描いた映画「高津川」で、ヒロインの大畑陽子を演じる女優の戸田菜穂さん。 原田病院長が映画を通して感じたこと戸田さんの心からの想いとは。


日本人の原風景に重なる山陰の大自然と温かい人々

原田 私は以前から錦織良成監督の映画のファンで、高津川は三度も観ました。主役の学を演じる甲本雅裕さんやヒロイン陽子役の戸田菜穂さん、出演する役者の方々は、本当に山陰で暮らす地元の人かと思うくらい、溶け込んでいて驚きました。甲本さんの仕事着は、実際に地元の方のものを借りられていたとか。戸田さんのお菓子屋の娘の姿もあそこで暮らす女性にしか見えませんでした。

戸田 そんなに観ていただいて嬉しいです。一番大切なのは、その地域に住んでいる人に見えるかどうか。私たち役者は、いかに馴染めるか、を課題と思って演じたので、よかったです。

原田 本当にそう見えました。今、目の前にいらっしゃる戸田さんと別人です。戸田さんは舞台となった一級河川、清流日本一である高津川のことはご存じでしたか?

戸田 いえ(笑)。広島市生まれなので、小さい頃、県境を越えて、(島根県)浜田(市)には海水浴によく行きました。ただ、益田は初めてで、高津川も知りませんでした。

原田 実際に撮影で行ってみてどんな風に感じましたか?

戸田 壮大な自然のなかで、肩の力を抜いていいんだよと言われているような気がしました。高津川の水面のきらめきや川の向こうに沈む夕日、広い空、美味しい鮎も。初めて訪れたにも関わらず、私の育った広島の故郷に少し似ている気がして。日本人の原風景のような印象を受けました。そして錦織監督のピュアで飾らない大らかさ。監督の優しさに包まれた現場は、とてもいい雰囲気でした。

原田 豊かな自然や人の心を動かす情景がたくさん描かれていますよね。地域一帯が大きなセットのようで、この地域だから撮れた映画だと思いました。

戸田 高津川の存在があって成り立つ映画です。自然が語ることも多く、台本を読んだ時から映像化を楽しみにしていました。撮影も撮り直しが効くデジタルではなく、フィルムで、ワンシーンごとに心を込めて演じました。

原田 自然の音が活きた静かな映画だから音にもこだわられたと伺いました。撮影は、多くの地元の方々がエキストラで参加されたんですよね。

戸田 はい。皆さん優しく、いい表情をされていたので、たくさんパワーをもらいました。撮影終盤、地元協力者を交えて催した打ち上げでは、私たち映画クルーのためだけに、サプライズで神楽舞を披露してくださったんです。自分たちもこの映画に出会えて嬉しいという地元の方々の気持ちやエネルギーを神楽からひしひしと感じました。想いは、強く伝わるものなんだって。忘れられない光景です。


どこにでもある地域医療の問題。女性としての一つの生き方

原田 戸田さんの演じる陽子は、母親の介護をしながら老舗の和菓子屋を継いだ女性。女性として共感や感じたことはありましたか?

戸田 陽子の周りには、大切な友達がいるんですよね。見守ってくれる学の存在もある。陽子は、覚悟を決めてあの地に根を張り、ちゃんと顔を上げて生活している気がします。誰か困っていないかな? って後ろから見れる、大きな心を持った芯の強い女性。悲しい顔もしないし、空気も読める。かっこいい女性だと思います。

原田 映画では、自宅介護や親の認知症、高齢化など、多くの人や地域の抱える問題も取りあげられていますよね。元気だと思っていた親がしばらく会わない間に認知症になっていたり、その程度が急速に進んでしまったりすることは実際にあります。家族の事情も人それぞれあるから、親の近くにいたくてもいられずにもどかしい思いを抱いている人もいるでしょう。陽子は地元を離れず親と暮らしていましたが、今は介護施設に入所する人も多くて自宅でみようとする人は、なかなか少ないですね。

戸田 ええ、陽子の選択に、頭が下がります。母親の想いを感じて、私にできることはやるって決めているのだろうし、父親の想いも受け取って老舗和菓子屋を継いだんだと思います。

原田 介護の話は、地域医療と密接な関係です。戸田さんの実家は医者だとお聞きしてます。そうした意味で医療を身近に感じられていたのではないでしょうか。とりだい病院でも訪問看護の取り組みを進めており、退院患者の経過を診るために、担当看護師が家庭訪問をするんです。地域を支えるには、病院の存在は大きいと考えています。

戸田 それは、素敵ですね。病院は優しい存在であってほしいと思います。切り捨てないでほしいというか。ずっと手を差し伸べてくれる存在であってほしいです。

原田 少子化による小学校の閉校の話が映画にあるように、地方都市の病院も経営の問題などで減少傾向です。効率のいい運営のために、病床数を減らしたり、統廃合が進められています。

戸田 効率よくしなければならないというのは理解できますが、そんなに簡単に割り切れるものでしょうか。そこにある命を守ってほしい、医療は人に寄り添ってほしい。患者さんは、身体も弱っているけれど、気持ちも弱っていますよね。医師の一言も本当に大切で、生産性や効率ばかりを求めてほしくない。

原田 そうですね。医師として、いろいろと考えることはたくさんあります。



対談_中写真
©︎中村 治

たとえ故郷で暮らさなくても故郷を想うことはできる

原田 映画を観て、医療人としてはもちろん、過疎化の進む地域で生活する人間としても改めて考えるきっかけを与えられました。
映画を観たある職員が地方都市の過疎化で問題視されているのは、人口や土地の空洞化以上に、人々の誇りの空洞化なのだと教えてくれたんです。それを聞いてとても納得したんです。確かに今の時代、地方で暮らす親たちは、自分の子どもに向かって、この地域で暮らし続けなさいと強く言う人も言える人も少ないんじゃないかと思いました。

戸田 映画でも『変に理解のある親ばかりで、みんな地元から出て行ってしまう』と息子の竜也が父親の学に向かって言うシーンがありますよね。

原田 まさに誇りの空洞化を表していると感じました。故郷に対する誇りを失っているのは、決して若い人だけではなく、親たちもなんだと問題提起されているような気がしました。
映画で描かれている高津川などの自然、神楽といった文化は、まさに地域の誇り、プライドそのものだと思います。

戸田 そう、自然も文化も誇りなんですよね。子どもたちにとって神楽は、身近でありながら憧れや誇りでもある。神楽を舞うおじいさんたちを尊敬しているというか、お年寄りという見方をしていないんです。師匠みたく仰ぎ見る相手。自然と大人に憧れている子どもとの関係性も素晴らしいと思いました。

原田 私はとりだい病院で働く人たちがプライドを持てるような働きかけをしたいと思っていて。本誌カニジルの発行もその一つです。大学病院の特性を活かした質の高い医療はもちろん、病院としての魅力も高めて職員に誇りを持ってもらいたい。とりだい病院ブランドを高めたいんです。しかしながら、都会に出て行く人はやっぱり多いのが現状です。

戸田 一度は都会に行ってみたくなるんでしょうね。その気持ちも十分に分かります。広い世界を、外の世界を見たくなったり、いろんな人に出会いたくなったり。でも、また故郷に帰ってきたらいいんですよね。改めて気づくのもいいと思います。 私も生まれ育った広島から東京に出た身です。そんな私に錦織監督は「みんなが故郷に帰れるわけじゃない。だけど故郷を想えばいいんです」とおっしゃってくださったんです。想えば絶対に何か違ってくる。それだけでもいいのだと。都会に暮らすと一人で生きているような錯覚に陥ることもあるけれど、そうじゃないってことを、いつも思っていたいと思うんです。

原田 そこに住まわずとも、故郷を想うこともまた、プライドを持つということなんですね。暮らさずとも顔を出しに帰ってくることだってできますしね。

戸田 私には、100歳を超える祖母がいて、たまに会うと別れ際に「手紙ちょうだいね」って言うんです。手紙一枚、言葉一つでも、嬉しいと思ってくれるんですよね。季節ごとに手紙を出しています。こんなことも故郷を忘れてないよって想うことなのかなと。


何を大切にして、どう生きるのか。一人ひとりに問いかけてくる映画

原田 戸田さんは、この映画をどんな人に観てほしいですか?

戸田 特に都会に暮らす人や若い人。時代の先端を歩むだけがかっこいいことじゃないよと伝えたい。でも世代問わず多くの方に観ていただきたいです。この映画は、人間として生まれて、何を大切にし、何を核にして生きていったらいいのかを教えてくれているような気がするんです。大げさではなく、とんでもなく力強いメッセージが込められている。たまには真面目に、自分の生き方を考えてみるのもいいんじゃないかって。見つめ直すきっかけになると思います。

原田 忘れていたものに気づいたり新しい発見があったり、確かに考えさせられます。激しいアクションや大きな事件が起こるような映画ではない。登場人物みんなが、それぞれの人生を生きていて、存在そのものを示しているような印象を受けました。いろいろな境遇の出演者に感情移入できるので、観る度に見方も変わる。私の場合は、親と息子のやりとりを自分と重ねてみました。なかでも誠が弁護士になった時に、母が泣いて喜んだというエピソードは、私が試験に合格し、医師免許を取得したと報告した際、家族が泣いていたことを思い出して感慨深かったです。

戸田 だから「これはきっとあなたの物語」なんです(笑)。

原田 とりだい病院で高津川の試写会を行なった時も、人によって感じる場面は違いました。それもこの映画の魅力。上映後は、多くの人が涙で顔がぐちゃぐちゃでした。私は展開が分かっていても、毎回泣けてしまいます。高津川は観る人の心を動かす映画だと思うので、患者さんやそのご家族に観てもらうのもいいなと考えています。

戸田 それはぜひ! いろんなことを感じて、いろんなことを考えるきかっけになるはずです。


映画 高津川 
島根県西部を流れる一級河川としては珍しいダムが一つも無い清流「高津川」を舞台に、人口流出に歯止めのかからない現実の中、歌舞伎の源流ともいわれる「神楽KAGURA舞」の伝承を続けながら、懸命に生きる人々の日常の営みを力強く描いた力作。
監督、脚本は「白い船」「RAIL WAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」の錦織良成。
2020年4月3日全国公開決定。

対談_photo

©︎2019 映画「高津川」製作委員会



※中国地方で先行公開され、2020年4月3日(金)より全国公開を予定していた本作は、2020年4月22日(水)現在、新型コロナウイルスの影響により公開延期しています。最新情報は映画『高津川』オフィシャルサイト(https://takatsugawa-movie.jp)、公式SNSにてご確認ください。


 

女優 戸田菜穂
1974年広島県出身。第15回ホリプロタレントスカウトキャラバングランプリを受賞しデビュー。1993年NHK連続テレビ小説『ええにょぼ』で主演を務める。以降、TV・映画と多彩な活躍をしている。主な映画出演作に、1994年『夏の庭―ザ・フレンズ―』、2003年『女はバス停で服を着替えた』、2006年『間宮兄弟』、2008年『砂時計』、2010年『春との旅』、『必死剣 鳥刺し』、2011年『少女たちの羅針盤』、2017年『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』、2018年『旅猫リポート』、『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』、2020年『記憶屋―あなたを忘れない』

鳥取大学医学部附属病院長 原田 省
1958年兵庫県出身。鳥取大学医学部卒業、同学部産科婦人科学教室入局。英国リーズ大学、大阪大学医学部第三内科留学。2008年産科婦人科教授。2012年副病院長。2017年鳥取大学副学長および医学部附属病院長に就任。地域とつながるトップブランド病院を目指し、診療体制の充実と人材育成に力を入れている。また、職員一人ひとりが能力を発揮できるような職場環境づくりに積極的に取り組んでいる。好きな言葉は〝意志あるところに道は開ける〟』