病院長が話題の人物に迫る!
武に虎
アステラス製薬代表取締役社長CEO
岡村 直樹

写真 七咲友梨 構成 カニジル編集部


武中 篤病院長と岡村直樹・アステラス製薬代表取締役社長CEOの対談は「医療のエコ」をテーマとした『カニジル増刊号』(2024年12月配布)以来、2度目。いかに医療体制を持続していくか、その問題意識を共有している二人。過疎化、超高齢化の地域を支える大学病院病院長と世界の厳しい競争の中で戦うグローバル企業のトップ――組織マネージメント、そして医療のエコについて深く、語り合いました。

武に虎

武中 岡村さんとは共通点があります。まずは同年代であること、そしてぼくが病院長、岡村さんが社長となったのが同じ時期であったこと。違うのはアステラス製薬がアメリカ、欧州、中国に拠点を置くグローバル企業であること。アステラス製薬の社員は半分ぐらいが外国籍でしょうか?

岡村 日本国内での直接雇用は4000人強。全世界で14000人強なので、3分の2以上が外国籍という計算になります。

武中 コミュニケーションの問題はありませんか?

岡村 日本人社員とは日本語、それ以外の社員とは英語。この2カ国語さえ話せればいい(笑い)。

武中 とはいえ文化的背景も様々ですよね。企業として一つの方向にまとめるのは大変だと想像します。

岡村 アステラスは「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」というVISIONを掲げています。ここでいう「価値」とは、患者さんにとって真に重要なアウトカムを分子、そのアウトカムを提供するためのコストを分母に置いたものです。私たちは、より良い治療結果を生み出すだけでなく、患者さん、ご家族、医療現場、社会全体の負担を抑えることで、「価値」を最大化することを目指しています。最近の経営計画2026では、もっと縮めて「Greater VALUE faster」(より大きな「価値」をより速く)と言っています。国籍、場所に関係なく、このVISIONに共鳴している人が集まっています。患者さんに対して貢献できると思うならば、迷わず実行する。それも速く動く。患者さんのためにならないと思うならば今すぐやめる。患者さんを中心に捉えて判断していく。それに従ってくれればいいという考えです。

武中 理念で判断していくというのは我々も同じ。まず患者さん、そして次に地域の方々に貢献できるのか。できるのであれば、多少ハードルが高くても、周りから反対されてもやり通す。そうでないならばやめましょうという考えです。加えて「三方良し」を判断基準にしています。

岡村 売り手よし、買い手よし、世間よし、三方がすべて満足する商売こそが理想であるという近江商人の経営哲学ですね。

武中 我々の場合は、まず患者さんにとって良いこと。次に病院で働く人間にとって良いこと。そして最後が病院として利益が出ること。この三つが揃っているならばやらねばならない。そして継続できるはず。

岡村 継続といえば「医療のエコ」が我々のもう一つの共通項です。

武中 (深く頷いて)岡村さんには釈迦に説法ですが、医療費、医療従事者のマンパワー、薬などの医療資源は有限。現在の医療体制を継続、維持していくためにエコロジー(環境)、エコノミー(経済)を意識しなければならない。そこでとりだい病院では、月に一度『エコワーキング』を開催しています。

岡村 どのような活動をされているのですか?

武中 「Less Waste」(資源・経費の無駄を省く)「LocalCollaboration」(地域連携)「Literacy」(知識啓発)「Long Life Design」(長寿命設計)という4つの「L」というキーワードで何ができるのか、検討しています。やはり中心となるのは「Less Waste」。いかに病院内の無駄を省くか、です。卑近な話になってしまいますが、一番効果的だったのは電気代の削減でした。

岡村 これだけの大きな病院になると大量の電気を使いますよね。

武中 それまでも照明のLED化を進めていました。残りすべてをLED化し、さらに電気使用をチューニング(調整)する機器をとりつけたことで約2億円の削減になりました。あとは紙の廃止も進めています。とりだい病院では「とりりんりん」というスマホアプリで予約確認、診察受付、後払いで完結できるシステムがあります。これまで予約票は、紙でお渡ししていたのですが、廃止しました。

岡村 ぼくも可能な限り紙の廃止には賛成です。(手元のタブレットを持ち上げて)ぼくはこれだけ、です。自分のところには紙は持ってこないように指示しています。ただ、社内にはまだ紙をたくさん使っている社員がいることは分かっていますが(笑い)。

武中 なかなか徹底は難しい。トップから始めることは大切ですよね。



アステラス製薬に「社長室」「役員室」はない

武に虎

岡村 継続という意味では、国立大学病院の経営が厳しい、大半が赤字であると報道されています。その中でも、とりだい病院は黒字を続けており、昨年度は大学病院の中で全国1位の経営成績でした。

武中 とりだい病院は新病院建設に向かっています。つまり未来のために借金をしなければならない状態です。そのため現在の経営状態を良くする必要があります。1年だけ1位をとったことに大きな意味はありませんが、頑張って結果が出たことは嬉しく思っています。

岡村 自分たちがやってきたことが間違っていなかったと士気が上がりますよね。

武中 ところで、ぼくが興味を持ったのは、岡村さんが社長室を廃止されたことです。もともとは広い社長室があったのですか?

岡村 (手を広げて)執務机に加えて、大きな本棚、打ち合わせ用テーブル……無用に広い社長室でした(笑い)。もともと、アステラス製薬は17階建てのビルの4階から17階を借りていました。17階は社長室、会長室、役員室、応接室、そしてディシジョンルームと呼ばれる会議用の大部屋がありました。

武中 ディシジョンルームでは全世界の担当者とリモート会議をしていたんでしょうか。ぼくたちが想像するグローバル企業の本社ですね(笑い)

岡村 新型コロナウイルス感染症への対策として、リモートワークが大きく広がりました。パンデミック収束後、社員を一律にオフィスへ戻す会社もありましたが、私たちはそれが必要と考えませんでした。むしろ、実際の利用状況を踏まえ、本社オフィスのフロアを見直す方向に舵を切りました。直近の変更では、まず私自身の部屋を見直すことから始めました。

武中 先ず隗より始めよ。

岡村 経営陣が一人ひとり部屋を持つ必要はない。そもそもぼくはペーパーレスなのでキャビネットもいらない。机は共有で十分。今は4階から12階までになりました。

武中 現在、岡村さんはどこで仕事をされているのですか?

岡村 12階の約半分が役員用のエリア、残りは全社員が出入りできるオープンエリアになっています。役員用エリアはフリーアドレスでどこに座ってもいい。私はいつもオープンエリア近くのスタンディングデスクで仕事をしています。

武中 オープンエリアは社員および関係者ならば誰でも使うことができるんですか?

岡村 はい、もちろん。コーヒーマシンが置いてあって、自由に飲めます。12階に上がってもらえれば、「今日は(岡村)直樹さんがいるな」って分かる(笑い)。

武中 こみ入った話をしたいというときはどうするんですか?

岡村 役員用エリアは「すのこ」のようなもので緩やかに囲われています。完全に隔離状態にしたくありませんでした。いざという時にはすぐに飛び込める小さな密室も幾つかあります。



「地域軸」から「機能軸」そして「出来事軸」へ

武中 我々が進める新病院でも病院長、看護部長などをオープンスペースに集めて交流を促すというのはありかもしれません。会って話すことでリアルな情報が共有できる。その他のフロアはどのようになっていますか?

岡村 社員に決まった机はなく、それぞれのロッカーから荷物を取りだし、その日によって働く場所を変える。

武中 いわゆる完全フリーアドレス制ですね。

岡村 2005年、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併してアステラス製薬ができました。当初は、社員の所属する場所、つまり〝地域軸〟で管理していました。それぞれの地域にトップがいて、独立してビジネスをしていた。それぞれの地域では上手く行なっていたのですが、シナジー効果は全くなかった。

武中 地域の枠を越えた波及効果はなかった、と。

岡村 そこで研究、開発、営業、などの〝機能軸〟に再編しました。それぞれの部門は全世界で一つの組織として研究、開発、人事もファイナンス(財務)も行う。すると研究者はなるべく早く、開発の人間に製品を渡したい。しかし、開発の人間は成功しそうにない製品は受け取りたくない、自部門優先で〝隣り〟のことを考えなくなってしまった。

武中 我々、病院でも診療科の垣根が高いと縦割りの弊害が起こりうる。

岡村 そこで昨年4月から〝出来事〟軸にしました。出来事とは製品、技術、プロジェクトなどのことです。権限を委譲された多機能な小さな集団が、自分たちで意思決定、方向修正をしながら進めていく。様々な部署の人間が、今日は何階に集まろうというイメージです。デスクが固定されていて、あなたはここで働きなさいとか、本社に週4日以上通勤する必要があるとか、そんなルールがあっては駄目なんです。

武中 他部署の人たちとの交流でイノベーション(技術革新)も起こりやすくなる。

岡村 私たちは、この出来事軸を患者軸とも呼んでいます。何が患者さんのためになるか、そこを第一義とする。冒頭でお話した、患者さんを中心に捉えて判断していくという働き方です。

武中 とりだい病院では、ロボット支援手術をはじめる際、外科手術を行う診療科を集めた低侵襲外科センターを設立しました。センター化することで診療科の壁をなくしたことと似ている。他部署との交流を促すことは大賛成。しかし、我々の場合は患者さんの診察があるのでオープンスペースというのは難しい。

岡村 もちろん当社もお客さまと対面で接する現場や、研究所、工場は別です。一方で、それを支える機能は、組織横断的に連携することでより早く、より大きな「価値」を生み出せると考えています。

武中 働く場所で言えば、遠隔治療が今後の医療のキーワードの一つ。過疎地域、中山間地にたくさんの医者を派遣するのは難しくなっています。どうしても対面でなければならない場合は別として、通常は看護師に加えて遠隔治療で医師が対応する。そうすると限りある人的リソース(資源)を有効に使える。

岡村 最後にぼくから質問してもいいですか。病院長には任期があります。このとりだい病院をどのように引き継いでもらいたいと考えていますか?

武中 以前、岡村さんから薬の開発は10年単位の時間がかかるとお聞きしました。前の前の社長が手をつけたことが今の自分の功績になると。だから岡村さんは今、次の次の社長のために種をまいている。ぼくも同じです。とりだい病院が黒字経営を続けられたのは、前任者たちが土地を耕し、種をまき、水をやり続けたからです。私はそれを刈り取っているだけ。そして同時に種も撒いているつもりです。その一つが「医療のエコ」です。次の病院長の考えもあるので強制はできませんが、この医療のエコは継続していただきたいなと望んでいます。




武中 篤 鳥取大学医学部附属病院長
1961年兵庫県生まれ。1986年、山口大学医学部卒業。1991年神戸大学院 研究科(外科系、泌尿器科学専攻)修了。神戸大学医学部附属病院、川崎医科大学医学部、米国コーネル大学医学部客 員教授などを経て、2010年に鳥取大学医学部附属病院泌尿器科教授に就任。2017年副病院長。低侵襲外科センター長、新規医療研究推進センター長、広報・企画戦略センター長、がんセンター長を歴任し、2023年から病院長に就任。とりだい病院が住民や職員にとって積極的に誰かに自慢したくなる病院「Our hospital~私たちの病院」の実現に向けて取り組んでいる。

岡村 直樹アステラス製薬代表取締役社長CEO
1962年静岡県生まれ。東京大学薬学部卒業後、1986年旧山之内製薬株式会社入社。2010年米国 OSIファーマシューティカルズInc.CEO、 2012年アステラスファーマ ヨーロッパLtd.経営戦略担当SVPを務める。 
アステラス製薬帰任後は事業開発部長、経営企画部長などを経て、 2018年経営戦略担当役員就任。2023年4月より代表取締役社長CEOに就任。