今回のゲストは、日本代表経験もある元サッカー選手の長谷川 アーリア ジャスールさん。サッカークラブ「ガイナーレ鳥取」に在籍し、引退後はクラブアンバサダーとして鳥取を盛り上げるために奔走されています。
対談前に、サッカーボールでパスを交わしながらのウォーミングアップからスタート。武中篤病院長も小学校のときはサッカーをしていたとのことで、意外と上手い(失礼!)。医療、サッカー、経営、チームビルディング―2人には意外なほどの共通点がありました!

武中 アーリアさんが選手として、ガイナーレ鳥取に加入したのは2023年でした。ぼくはこの年の4月に病院長になりました。直後の6月、ガイナーレの選手たちが小児病棟を訪問してくださった。素晴らしい活動だと思いました。
アーリア スペインリーグのレアル・サラゴサというクラブでプレーしたことがあります。ヨーロッパでは、地域の病院の小児科に行くというのは当たり前のことでした。ガイナーレ加入直後に、とりだい病院を訪問する企画があり、喜んで参加させていただきました。
武中 欧州はサッカークラブ文化が根づいていると聞きます。地元密着、還元という意味で、当然の行動なんですね。
アーリア ぼくたちが行くことで子どもが喜んでくれる。みんなの喜ぶ顔を見ると選手たちはピッチの中で頑張ろうという気になります。ぼくたちが元気を与える側なんですが、実際には元気をもらっています(笑い)。とりだい病院は、看護師さんなど、みなさんが本当に優しくて楽しかったです。
武中 改めてなんですが、それまで鳥取に縁のなかったアーリアさんがガイナーレに来られたのはどういう経緯ですか?
アーリア 22年の10月にFCゼルビア町田と契約満了になりました。町田ではずっと試合に出ていたので、次のクラブもすぐに決まるだろうと思っていました。ところが、なかなか契約まで進まない。年明けの2月あたりから選手たちはキャンプに入り、シーズンに入りました。ぼくは家のソファでその姿を観ていました(笑い)
武中 いつか決まると思っていると、時間が経ってしまった。焦りませんでしたか?
アーリア そのときぼくは30代半ばになっていました。サッカーの世界では年齢が上がるほど、欲しがるクラブは少なくなります。正直、引退も頭によぎりました。そんなときガイナーレが声をかけてくれたんです。
武中 ガイナーレ加入は、とりだい病院訪問の直前の4月でした。ぼくはサッカーには疎いんですが、こういうことはよくあるんですか?
アーリア (首を大きく振って)あまりないんじゃないですかね。半年間、プレーする場所がなかったぼくをガイナーレが拾ってくれた。ガイナーレ、そして鳥取県に恩返ししたいなという思いが強いです。
武中 恩返しという意味では、ガイナーレ加入後、地元の子どもたちをスタジアムに招待するという〝アーリアシート〟を始めました。
アーリア あの頃は、新型コロナ禍で外出もままならない時期でした。テレビもいいですが、生の試合はまた違います。町田時代から、背番号と同じ数の地元の子どもたちを招待したんです。町田では背番号18番だったので、18枚のロイヤルシートを自分で購入していました。
武中 ガイナーレでは何番でしたっけ?
アーリア 33番だったんです。ちょっと多いぞ、やばいなって(笑い)。
武中 プロ選手というのは選ばれた人です。特にアーリアさんのような日本代表経験のある選手とふれ合うことは子どもたちにとって刺激になります。ぼくは子どもの頃、野球少年で、プロ野球選手の(阪神タイガース時代の)田淵幸一さん、江夏豊さんにサインをもらったことがあります。そこから野球選手になりたいなと思いました。もっとも才能なくて高校のときに挫折しましたが(笑い)。
アーリア ぼくも同じなんです。小学生のとき地元のクラブが集まるカップ戦がありました。昼休みに、(現・RB)大宮アルディージャの選手たちのサッカー教室があったんです。そのときトップチームの選手から「アーリア、頑張れよ」って声をかけられたんです。それがすごく嬉しかった。残念なのは、その選手の名前を覚えていないことなんですが(笑い)。

武中 先ほど、アーリアさんが、スペインでプレーしたという話が出ました。ジャンルは違えど、ぼくもアメリカのコーネル大学で客員教授だった時期があります。最近感じるのは今の若い人たちが積極的に海外に出て行こうとしないこと。医師だけでなく学生の海外留学も減っています。サッカーは逆ですよね。どんどん若い選手が出て行っている。
アーリア 日本代表に選ばれる選手はほぼ海外のクラブに所属しているという状態ですね。日本代表はワールドカップ優勝を目標に掲げています。普段から各国の代表選手と対戦できる欧州に行くのは当然の流れになっています。
武中 そのモチベーションの高さがすごいと思うんです。海外留学をためらう理由として考えられるのは、一つは金銭的なもの。もう一つはやはり語学の壁かなと。アーリアさんはスペイン移籍の前からスペイン語を勉強していたんですか?
アーリア いえ、ほぼ何もやらずに行きました。行っちゃえばなんとかなるかって感じでしたね(笑い)。もちろん予め勉強していくことも大事です。時間があれば基本的な文法だけでも学んだほうがいいです。ぼくたちサッカー選手は突然、移籍が決まることが多い。どこの国に行くかも分からないんです。
武中 行ってみれば意外となんとかなる。サッカーの場合は周りが海外に出ている。あいつにできるんだから、俺もできると考えるのかもしれない。
アーリア (深く頷いて)こちらが必死で頑張っていると助けてくれる人が出てきます。海外に出る日本人が減っているとしたら、上手くいかなかったらどうしょうというマインドの人が少なくないのかもしれません。
武中 アーリアさんはガイナーレに約2シーズン所属して、一昨年の2024年に引退。36歳のときでした。もう少し長くやりたいという気持ちはありましたか?
アーリア はい。もともとは40歳までやりたいと考えていました。体力的にももう少し選手としてやれたと思います。ただ、ある時期からどのようにサッカーを終えるのかもすごく大事だなと考えていました。ガイナーレでの選手時代は、家族を東京に置いての単身赴任でした。家族とできるだけ一緒に過ごしたいという思いもあり、引退を決意しました。
武中 ぼくは外科系の医師なので、手術をいつまでやるのかという決断をする時期があります。今は手術支援ロボットが、フィジカル的な衰えを補ってくれる。ただ、手術は患者さんの命、身体を預かるという責任がある。手術に至るまでのしっかりとした準備、最新技術、知見のアップデートが必要。時間に追われることもあり、それができなくなりつつある自分にも気がついていました。
アーリア 武中先生には病院長という経営者としての職務もありますものね。
武中 とにかく考えることが多いんです。そんな状態で患者さんに対して責任を取れるのかと考えて、もう2年ほど、1人ですべてを完結する手術はやっていないんです。
アーリア 後進の指導、経営に注力するというキャリアトランジション(人生や仕事における役割の移行)は、いつかは必ず選手を引退しなければならない、ぼくたちにも通じます。
武中 キャリアトランジションと言えば、アーリアさんは現役引退後、指導者になるものだと思い込んでいました。ところが、ガイナーレの〝クラブアンバサダー〟に就任された。
アーリア 現役時代から、アーリア・フットボール・パークというイベントをやっていたんです。子どもたちが選手たちと一緒にボールを蹴り、サッカーに触れ、楽しんでもらうことが目的です。子どもの参加料は無料。経費は地元を中心とした企業にお願いして回っていました。そうした経験を評価していただき、クラブアンバサダーになりました。
武中 具体的にクラブアンバサダーとしてどのような活動をされているのですか?
アーリア 地元企業とクラブの架け橋になりたいと考えています。そしてJ2昇格など、クラブの目標をサポートしています。昨シーズンは〝1万人プロジェクト〟として、ガイナーレのホーム、鳥取市のバードスタジアムに観客1万2000人を集めました。鳥取県の人口が53万人、東京ならば27万人集めた計算になります(笑い)。
武中 それはすごい(笑い)。ガイナーレの平均入場者数は一試合あたり2800人ですものね。米子に住んでいる我々にとっては、米子の(オールガイナーレ)YAJINスタジアムでもっと試合をやってほしい。ガイナーレが鳥取市と米子市の二つの本拠地があることは理解しているんですが……。
アーリア 米子は年間2試合ですからね(苦笑)。そういえば、ぼくが現役時代の23年シーズンに、YAJINスタジアムでの公式戦1試合を「とりだい病院スペシャルマッチ」としてくださった。ありがとうございました。米子でも1万人プロジェクトやりたいんですが、YAJINスタジアム収容人数が7390人なんです……。
武中 もしそれだけ集まったら、街も盛り上がるはず。集客と言えば、アーリアさんにも協力いただきましたが、とりだい病院の「とりだいフェス」は3000人以上集めています。
アーリア 一昨年は一般客として、昨年はトークライブのゲストとして参加させていただきました。病院のあちこちに出し物があるのはすごくいいですね。あっちもこっちも見てみようという気が起こる。サッカーにも応用できるのではないかと刺激を受けました。
武中 フェスのように同時多発的に複数のコンテンツを提供するという意味ですか?
アーリア 現状、試合の日のスタジアムにはサッカーとキッチンカーなどのグルメ、グッズ販売しかない。それ以外のものがあれば、子どもたちも遊びに行くついでにサッカーを観ようという導線ができるかもしれない。
武中 野球では、スタジアム周辺に娯楽、飲食、体験を加えたボールパーク化の流れが主流になっていますね。しかし、サッカー選手としてはサッカーを観に来てほしいという思いもあるのではないですか?
アーリア もちろんサッカーのためにスタジアムに足を運んでほしいです。ただ、入り口を広げることも必要。サッカーの試合は、スタジアムに来たときの最終的な打ち上げ花火的なものでもいいと思うんです。
武中 アーリアさんと話をしていると、ビジネスに関与するアンバサダーは最適だと思います。昨今、アスリートのセカンドキャリアが話題になっています。サッカー選手の経験はビジネスに生きていますか?
アーリア まだ始めたばかりで偉そうに言えることはないんですが、似ている部分はあると感じています。サッカーでピッチに立つのは11人。一番前に点を取るストライカーがいて、中盤にゲームをコントールするゲームメイカーやボランチ。サイドには献身的に上下に動きまわるサイドバックがいます。そして身体を張って守備をするセンターバック、そして最後列で的確な指示を出すゴールキーパー。ベンチの選手たちは試合に出たとき、どのように貢献するのか、チーム内にそれぞれの役割があります。こうした選手を束ねるのが監督。今の仕事においても、どこにどのような人が入れば、チームがうまく回るのかを考え、楽しく学んでいます。
武中 病院経営もチームビルディングです。とりだい病院には医師、看護師など約2000人が働いています。その2000人にはそれぞれの役割があります。みんなに同じ方向を向いてもらうにはどうすればいいのか。今日、アーリアさんと一緒にボールを蹴りました。ぼくは小学校のときはサッカーもしていたんです。ボールを蹴り合うと、距離が縮まる気がします。病院のスタッフ全員とボールを蹴るわけにはいかないので、今は、10人、20人程度を集めて小さなミーティングをして、なるべく声を拾うようにしています。
アーリア それ、いいですね!
武中 職員たちの心を一つにした上で、とりだい病院は「アワーホスピタル」(私たちの病院)を掲げています。その意味で、おらが町のクラブを目指しているJリーグのクラブと良く似ています。アワーホスピタル、アワークラブとなれるよう、頑張りましょう。とりだい病院にも引き続き協力をお願いします。
武中 篤 鳥取大学医学部附属病院長
1961年兵庫県生まれ。1986年、山口大学医学部卒業。1991年神戸大学院 研究科(外科系、泌尿器科学専攻)修了。神戸大学医学部附属病院、川崎医科大学医学部、米国コーネル大学医学部客 員教授などを経て、2010年に鳥取大学医学部附属病院泌尿器科教授に就任。2017年副病院長。低侵襲外科センター長、新規医療研究推進センター長、広報・企画戦略センター長、がんセンター長を歴任し、2023年から病院長に就任。とりだい病院が住民や職員にとって積極的に誰かに自慢したくなる病院「Our hospital~私たちの病院」の実現に向けて取り組んでいる。
長谷川 アーリア ジャスール
元プロサッカー選手、ガイナーレ鳥取クラブアンバサダー
1988年埼玉県生まれ。2007年横浜F・マリノス入団。ミッドフィルダーとして高い技術と攻撃センスを持ち、FC東京、セレッソ大阪、レアル・サラゴサ(スペイン)、湘南ベルマーレ、大宮アルディージャ、名古屋グランパス、町田ゼルビアでプレー。2012年にはアルベルト・ザッケローニ監督の日本代表に選出されている。2023年ガイナーレ鳥取に移籍。2024年シーズンに、約18年間のプロ生活を終え現役を引退。2025年からはガイナーレ鳥取のクラブアンバサダーを務める。