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カニジル読者のみなさん、こんにちは。川口和久です。ご存じかもしれませんが、実家は吉岡温泉で旅館を営んでいました。生粋の鳥取県人です。プロ野球選手として広島東洋カープ、読売ジャイアンツでプレー、現役引退後は東京に住んでいました。新型コロナ禍の2021年に鳥取市に戻ってきました。
鳥取に戻ろうかと言い出したのは、東京出身の女房でした。水が美味しくて、空気が綺麗。海も山もあって食材に恵まれている。こんないい場所ない、ここに住みたいと言い出したのです。よく言われることですが、地元の人間が一番地元の素晴らしさに気がつかない。うちもまさにそうでした。
米作りをはじめたきっかけも女房の「どうせ暇なんだから」の一言でした。そのとき、新型コロナ禍で解説の仕事がすべてなくなっていました。そして、たまたま空いていた田んぼを使って、米作りをはじめました。そうしたら楽しい!
コメ作りには〝人〟作りと共通点があることに気がつきました。
ぼくは2011年から14年まで読売ジャイアンツでコーチを務めていました。今は150キロ投げるピッチャーがごろごろいます。だから、球速150キロが一つの基準になります。ピッチャーならばそれ以上の速い球を投げたい。みんな努力しますよね。それをサポートするのがコーチです。どこを強化すれば、怪我せずに速い球が投げられるのか、研究したものです。一緒に頑張った投手が育って一軍に上がって、主力選手になっていくのが最大の喜びでした。
コメも同じ。どうせ作るならば、一番美味しいコメを作りたい。どうすればいいかを考え続けていたら、夢にまで出てくるようになりました。一番気を遣ったのは、夏の暑い時期です。鳥取県の夏は暑い。田んぼの水温が上がりすぎるのは、コメにとってよくないんです。三日に一度は必ず田んぼに行き、水に手を入れて熱いなと思ったら、水を抜いて入れ替えていました。私の田んぼがある吉岡地区は、山に面しているのでいい水が上から降りてくるんです。
鳥取の冬は雪が多くて大変だ、なんて言うじゃないですか。雪がたくさん降るから山の水が豊富。雪解け水がコメには最高なんです! 雪があるから鳥取のコメは旨い。うちのコメはほとんど肥料を使っていません。いい山水と土の力だけで稲が育つ。ピッチャーと同じ。我々が手助けすれば、自分で育ってくるんです。
さて、さて。とりだい病院とのつながりは、『カニジルラジオ』への出演でした。その後、2024年の『とりだいフェス 秋の収穫祭』に呼ばれました。トークショーの他、私が作ったコメでにぎったおにぎりを蟹汁とともに皆さんに振るまいました。私が作っている鳥取県産「星空舞」は冷えても美味しい。おにぎりに最適。食べて下さった方から「旨い!」と言われるのが一番の喜びです。コメを作って良かったと思う瞬間でした。
その後、この広報誌『カニジル』の病院長対談『武に虎』に出演、元野球少年の武中 篤病院長と意気投合しました。さらに前病院長で現鳥取大学学長である原田 省先生とも食事する仲になりました。タスクさん(原田先生のことは、いつもこう呼んでいるんです!)から、「鳥取大学のことをもっと発信していきたいので協力してほしい」と頼まれて、鳥取大学の広報アンバサダーに就任しています。今年から鳥取大学の学生が授業の一環として私の田んぼで農業体験することになりました。今秋、そのコメを武中病院長と相談して、とりだい病院の病院食として使ってもらう方向で進めています。乞うご期待。
コメ作りは人作り、そして街作り。鳥取大学、とりだい病院とともに歩んでいきます。なにより大切なのは鳥取生活を満喫すること!
川口和久(かわぐち かずひさ)
元プロ野球選手(投手)・コーチ、野球解説者・タレント・農家
1959年鳥取市出身。鳥取湖南小学校で野球を始め、鳥取城北高校を経て、デュプロへ。1980年ドラフト1位で広島カープから指名を受ける。87年、89年、91年には奪三振王。1994年FAを宣言し、巨人へ移籍。1998年、現役を引退。引退後は、指導者、野球解説者の他、映画やテレビドラマにも出演。新型コロナ禍の時期、母の死をきっかけに神奈川県から鳥取にUターン。農業の他、地元の野球振興に力を注いでいる。2025年11月に鳥取大学広報アンバサダーに就任。