カニジルブックレビュー
医療従事者は「話題の本」をこう読む
第9回
『安楽死の医師』

(ジーン・マーモレオ、ジョハンナ・シュネラー 著  御立英史 訳  大和書房)




「話題の本」をこう読む
評者 元鳥取大学医学部保健学科 准教授 安藤泰至


 本書は2016年に安楽死を合法化したカナダの総合診療医(ホームドクター)ジーン・マーモレオが、安楽死を望む患者と家族に向き合う自身の体験を赤裸々に綴ったものだ。カナダでは安楽死はMAiD(死の医療的介助)と呼ばれるが、オランダをはじめとするベネルクス三国などよりはかなり遅れて安楽死が合法化されたにもかかわらず、急速に普及し、その適用範囲が拡大している国としても知られている。

 本書を読んでまず驚かされるのは、著者の超人的なヴァイタリティである。安楽死が合法化された2016年には著者はすでに73歳。そこからMAiDの実行医師を志して、病院・ホスピス・在宅での緩和ケアを各々一から学び始める(著者はボストンマラソン女子の年齢別クラスで8回も優勝しているアスリートでもある)。

 それは「ホームドクターは患者が息を引き取るまでその傍に寄り添うべき」(本書の原題はThe Last Doctor)という強い信念からであるが、それはけっして不治の患者の「死にたい」という思いをそのまま受け取って実現するということではない。むしろ著者は患者の苦悩を安楽死以外の方法で軽減するためのありとあらゆる手段を考え、さまざまな専門医に相談する。そして安楽死を実行した患者についても、本当にそれでよかったのかどうかを徹底的に自省し続ける。それは、安楽死が「仕方なく選ばされるもの」であってはならず、

「患者自身の強い意志によって選ぶ」ものでなければならないと考えているからだ。そうした著者の姿勢は、「MAiDの提供を始めたとき、わたしは、死ぬ準備ができた人に寄り添うハープ奏者になった自分を思い浮かべていたが、生き続けたいと願う人の声を伝えるメガホンにもなる必要があることを知った」という本書の言葉にもよく表れている。

 近年、日本でも京都で起きたALS患者嘱託殺人事件の報道(2020年)や、安楽死(幇助自殺)のためにスイスに渡る日本人のドキュメンタリーの放映などによって安楽死に対する関心は高まっており、安楽死合法化について議論を始めるべきだと主張する人々もいる。しかし、本書を読んでもっとも印象に残るのは、安楽死を求めるカナダの患者たちの「自分の人生は自分のもの」であり、「生き方も死に方も自分で決めたい」とする強い自我意識だ。それは、たえず他人の目や「空気」を気にし、自分が「こう生きたい」「こう死にたい」ということを主張しない多くの日本人の姿とはかなり異なるものだ。

 筆者はこれまで安楽死については批判的な立場から本を書き、マスメディアでの社会的発言も行なってきたが、安楽死が倫理的に絶対に許されないという確固たる信念をもっているわけではない。しかし、日本のように「過労死」があるような社会、個人が個人として尊重されない社会で「安楽死」は論外だ、と感じる。本書を読んでその思いはいっそう強くなった。




安藤泰至 (あんどう やすのり)
1961年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科博士後期課程2年修了。2000年から2026年3月まで鳥取大学医学准教授。専門は生命倫理・死生学。退職後は複数の大学の非常勤講師と執筆、講演に加え、ピアニストとしての演奏活動を行なっている。