
昨今、全国の大学病院や中核病院の経営難についての報道が過熱しています。その社会情勢の中、2029年にスタートするとりだい病院の再整備事業(新病院建設)を推進するためには、経営状態の改善が喫緊の課題となっております。その克服を目的として、2024年6月から院内に「マネジメントセンター」が設立されました。本センターの目指すところは、まさに「経営の中心」です。ここでの経営~マネジメントとは、①収益性の確保、②患者さんの満足度向上、③医療安全面の向上、そして④仕事の省力化の四つの柱を軸にした運営を目指しています。そうした病院「経営」に関わっている私にとって『世界は経営でできている』は興味深い一冊でした。
経営学博士である著者は、「“経営”という考え方を生活に置き換えてみる令和冷笑体エッセイ」であると前置きし、冷静かつ傍観的な視点で社会全体を分析しています。本書の帯に、「みんな人生の経営者!」とあるように、一見「経営」とは関係なさそうな個人の人生や社会のあり方をより良いものにするために、15のテーマ(仕事、家庭、恋愛、勉強、科学、健康、孤独、虚栄、老後などで発生する悩みや課題)に、「経営」という考えを持ち込み、これらを新しい角度からの視点で解釈し、ユニークな「経営論」を展開しています。
本書は、難解な数値の解釈法であるとか事業成功の秘訣などについては一切書かれていません。一般に、「経営」というと企業の利益追求といった堅いイメージがありますが、「マネジメント」に置き換えて読むと腑に落ちること間違いなしです。軽妙でユーモラスな語り口で、比喩的表現と風刺に満ちた文体により、クスッと笑いながら一気に読める楽しいコメディのような、話題の一冊です。
私の心に最も突き刺さったのは以下の箇所です。
〈受験生が一心不乱に参考書に蛍光ペンでカラフルに塗りたくる。こうして出来上がった充血と腱鞘炎の結晶の「作品」は確かに美しい。果たしてその人は色彩豊かな現代アートを作りたかったのだろうか。それとも本当に勉強したかったのだろうか。カラフルな参考書を作っている最中の脳波を測定してみれば、記憶をつかさどる海馬よりも視覚をつかさどる後頭葉が活性化されているだろう。強調されていない箇所を見つけるのが難しいほどに、強調箇所が多くなればもはや何も強調していないのと同じである〉
まさに、私の受験生時代に陥っていたことではないですか!これに気がついていれば、もっと楽に受験を乗り越えることができたはずです‼
本書の主張は単純明快であります。①本当は誰もが人生を経営しているのに、それに気づく人は少ない。②誤った経営概念によって、人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと、個人も社会も豊かになれない。
経費を削減することだけが「経営」の目標になっていることに疑念を抱いている読者、そして人生論として将来への不安を感じている多くの読者の共感を得ていることだと思います。
また、著者は「価値は無限に創造できる」とも書きます。〝他者〟は奪いあう相手でも競争相手でもなく、共に価値を生み出す仲間となるというのです。病院は、まさに全職員が一致団結して、さまざまな価値を創造することにより〈楽しく仕事をする、他人と自分を同時に幸せにすることができる場所である〉のです。
病院経営においては、「バランスのよいマネジメント」の視点は必須であり、住民のみなさまが心豊かに暮らしやすい地域社会の中心になりうる役目を果たすべく、新しいとりだい病院へと常に変革していかねばならないことを再認識させてくれる一冊です。
谷口文紀 (たにぐち ふみのり)
鳥取大学医学部卒業。米国環境保健科学研究所留学、鳥取大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター長などを経て、2021年鳥取大学医学部産婦人科学分野教授に就任。2023年鳥取大学医学部附属病院病院長補佐、2025年より同病院副病院長となる。
日本産婦人科学会理事・代議員、日本生殖医学会常任理事・代議員など要職を務める。