【食物アレルギー】【花粉症】【アレルゲンセット】【アナフィラキシー】【接触性皮膚炎】
2011年、洗顔用の石けんにより、重篤な小麦アレルギーを発症したという事件を記憶されている方も多いだろう。
原因となったのは石けんに添加されていた小麦の化合物「加水分解コムギ」というタンパク質だった。
このタンパク質にアレルギー反応を起こし、今まで普通に食べていた小麦製品により小麦アレルギーを発症するようになったのだ。
なぜ石けんで顔を洗っただけで小麦のアレルギーになるのか――
皮膚からも「アレルゲン」が侵入するからである。
意外と知られていない「アレルギー」について、とりだい病院の医師に聞いた。

〝アレルギー〟はもともと医学用語ではあるが、〈ある物事を頭から拒否する心理反応〉という意で使われる、身近な言葉でもある。しかし、医学的な見地では、未だ未解明の部分が多いというのは、とりだい病院第3内科診療科群(呼吸器・膠原病内科)の教授である山﨑章だ。
「アレルギーとは生体にとって、外界から来た何かしらの物質に対して、過剰に反応する状態です」
アレルギーは、我々の身体になくてはならない「免疫」と密接な関係がある――
免疫とは、身体に侵入した「外界から来た何かしらの物質」、つまり「異物」を攻撃するシステムである。しかし、免疫がすべての異物を攻撃すると、人間は生存できない。毎日食事という形で、異物を口から取り入れているからだ。そこで我々の身体には、口から入る異物に対して反応しないよう、免疫を抑制する「経口免疫寛容」という仕組みが備わっている。ある種の食べ物に対して経口免疫寛容が働かず、免疫が反応してしまうのが、食物アレルギーである。
アレルギーが起こるのは食物だけではない。
「良く知られているのはスギ花粉、ハウスダスト、ダニ」
例えば、と山﨑は室内を見回した。
「この部屋にもダニがいるはずです。ただ、ダニに対して全員がアレルギーを起こすわけではありません」
アレルギーを起こすシステムはこうだ。
侵入してきた異物――アレルゲン(アレルギー反応を引き起こす原因となる物質)に対して抗体が作られる。抗体は、外敵を攻撃する武器と考えていい。
「アレルギーに関与する抗体は〝IgE抗体〟と呼ばれるものです」
Igとは血液中や粘膜に存在する抗体、免疫グロブリンだ。免疫グロブリンには G、A、M、D、Eの5種類があり、アレルギーに関わるのはEである。
このIgE抗体を産生することを「感作」と呼ぶ。
「抗体ができたあと、再びアレルゲンが身体に入ってくると、IgE抗体と結合し、肥満細胞(マスト細胞)を刺激し、ヒスタミンなどの物質が放出されます。これによって身体の中で様々な反応が起きる。この反応がアレルギーです」
肥満細胞とは粘膜組織に多く存在する細胞で、「肥満」とは無関係である。顆粒状の組織を持ち、大きく見えるため肥満細胞と呼ばれている。
また、ヒスタミンは、アミノ酸である「ヒスチジン」から作られる化学物質の一つである。主に肥満細胞、好塩基球に蓄えられており、刺激があると放出される。ヒスタミンには、鼻水などを誘発し、異物を外に追い出す役割もある。
ただし、適度であれば、である。
ヒスタミンなどの物質により、全身に激しい反応が起こると、血圧が下がる、意識がなくなるといった重篤な状態に陥ることがある。アナフィラキシーだ。症状は複数の臓器に同時に現れることが多く、重症になると血圧が急激に下がり生命の危険にさらされることもある。
「どのアレルゲンに感作してIgE抗体が作られるかというのは、個人差があります。ダニに対するIgE抗体が作られている人だけが、この部屋でアレルギー反応を起こしてしまうんです」
どの抗体ができているかを検査する代表的なものが、「アレルゲンセット」だ。
ある患者の検査結果(図)を例にとる。

■アレルゲン検査結果一例<特異的IgE(CAP)>
※特異的IgE(CAP):血液検査で特定のアレルゲンに対する抗体価を個別に測定する検査法
※測定結果:アレルゲンに対する抗体価(抗体の量)を示す。
※クラス:抗体価の値によって、0~6の7段階に分類。
この患者は、咳が止まらないため、アレルゲンセットの検査を受けることになった。
「それぞれのIgE抗体には基準値があります。この基準を超えていると、抗体があると判断します。この患者さんの場合だと、ハルガヤ、オオアワガエリとスギ、カモガヤの数値が高い。特にスギは27・6です。スギは2月から4月、ハルガヤ、オオアワガエリ、カモガヤは5月から7月に花粉が飛びます」
スギについては説明の必要はないだろう。ハルガヤは2年以上生存する多年草である。明治時代に緑化のためヨーロッパから持ち込まれたという。オオアワガエリとカモガヤも、やはり多年草でヨーロッパ、シベリア原産。世界の冷涼地帯で広く栽培されているイネ科の植物だ。
ただし、と山﨑は続ける。
「IgEの数値が高いからといってアレルギーがあるかどうかは判断できないんです。この患者さんの場合は、すでに抗アレルギー薬治療を行なっており、それを継続するかどうかの判断のために、スクリーニング検査を行いました」
スクリーニング検査という単語は、新型コロナウイルスで耳にした方も多いだろう。病気を早期に見つけるために行うふるい分け検査を意味する。
とりだい病院耳鼻咽喉科頭頸部外科の医師、中森基貴は、空気中のアレルゲンに反応する花粉症の患者が年々増えていると指摘する。
「我々、耳鼻科で扱うアレルギーで代表的なのは、アレルギー性鼻炎です。鼻水や鼻づまり、くしゃみにより、生活の質(QOL)を下げる病気です。その他、口腔アレルギー症候群という、特定の食べ物を口にしたとき、喉にかゆみ、イガイガ感がでる患者さんもいらっしゃいます」
アレルギー性鼻炎は大きく二つに分けられる。
一つは、ダニ、ハウスダストが原因で一年中症状が出るのが通年性アレルギー鼻炎。もう一つが花粉が原因となる、季節性アレルギー鼻炎である。
「毎年、過去最高の花粉の飛散量というニュースを目にします。スギに関して前年が暖かくて乾燥していると、翌年の花粉量が増える傾向があります。地球温暖化の影響もあるでしょう。花粉が飛ぶ量が多ければ多いほど、身体に取り込まれて、発症につながる可能性が高くなると思われます」
昨年までは全く問題なかった人が、突然、花粉症になる可能性が高くなっているのだ。
皮膚科もアレルギーを扱う診療科である。とりだい病院皮膚科の医師、木村良子は、皮膚科で扱うアレルギー症状で代表的なものはアトピー性皮膚炎、蕁麻疹、接触皮膚炎、薬疹だと説明する。
「アトピー性皮膚炎は遺伝的な要因に環境要因が複雑に関わって発症する病気です。アトピー性皮膚炎の方は、皮膚のバリア機能が健常な人より弱いので、少しの刺激や環境の変化で、かゆみが出たり、症状が悪化することがあります。自宅とは違う場所で過ごしたり、という他の人ならなんでもないことが負担になることもあります」
接触性皮膚炎とは、皮膚が何らかの物質に触れたことで起こる皮膚疾患だ。いわゆる〝かぶれ〟であり、〝原因物質〟自体で皮膚の障害を生じる刺激性接触皮膚炎と、アレルギー性接触皮膚炎に分けられる。前者の刺激性接触皮膚炎は誰にでも起こりうるが、後者は特定のアレルゲンに反応する方のみ、発症する。
「原因物質はネックレスのような金属製品、食物、薬剤など多岐にわたります。アレルギー性接触皮膚炎の場合、1度目は、身体がその物質を記憶するだけで反応は起きません。2度目にその物質に触れると、免疫が過剰に反応して症状がでます」
接触性皮膚炎の原因を突き止める検査にパッチテストがある。
「原因として疑われる物質を薄いシール状のシートに含ませ、患者さんの背中や腕などの健康な皮膚に貼りつけます。貼ったまま48時間過ごして頂き、皮膚の反応をみます。同時に20種類以上の物質をテストすることができます」
その他、即時型アレルギーを検査するプリックテスト、そして血液検査を行うこともある。
近年、普段使用している化粧品がアレルギーの原因となっている場合も多々あるという。
「塗って明らかに痒くなったり赤みが出ている場合は使用を中止すべき。香料やアルコールの成分が多く含まれている製品は荒れた肌にはあまりよくありません。また、市販のステロイド軟膏を自己判断で長期にわたって使用すると、赤みやブツブツ、ほてりを生じるリスクがあります。自己治療で症状が改善しない場合は早めに皮膚科を受診してほしい」
現在、とりだい病院では、呼吸器・膠原病内科の山﨑を中心に耳鼻咽喉科頭頸部外科、小児科、皮膚科、眼科、管理栄養士、看護師による「アレルギーチーム」が立ち上がっている。アレルギーチームでは、年に数回集まり情報共有を行なっている。
複数の診療科が集まる意義を木村はこう説明する。
「アトピー素因といって気管支喘息やアトピー性皮膚炎といった複数のアレルギー疾患をもった体質の方がいます。そのため呼吸器、皮膚科、耳鼻科を回っている患者さんもいらっしゃる。一人の患者さんを総合的に診ることが大切なんです」
すべては患者のために――目に見えないアレルゲンを迎え撃つため、とりだい病院のアレルギーチームは団結しているのだ。