今回のゲストは、循環器内科医であり、病院マーケティングサミットJAPAN代表理事として、病院広報戦略のコンサルティング、講演を日本全国で行なっている竹田陽介さん。さらに、「カルチュラルエンジニア」として、伝統産業にテクノロジーを導入することでアップデートする活動にも注力されています。「日本一のとりだい病院、カニジルファン」だとおっしゃる竹田さん。病院の新たな可能性について、病院長と熱く語っていただきました!
竹田 まずは『病院広報アワード2025』(CBnews主催)広報担当部門大賞の受賞おめでとうございます。以前からカニジルを愛読していたので、大賞は当然と思いました(笑い)。
武中 ありがとうございます!
竹田 カニジルが他の広報誌と違うのは兎にも角にも「人」が伝わってくるところ。広報誌を作るとなると医療の情報を詰め込みたくなる。カニジルにも医療の情報は入っているんですが、とりだい病院の職員たちが、生身の人間として語りかけてくるような印象がある。医療人としての誠実さ、熱量、人となりが伝わる媒体なのでぼくは昔から大好きなんです。カニジルは武中病院長が広報・企画戦略センター長のときに立ち上げられたんですよね。
武中 ええ。最初から関わっています。竹田さんが指摘されたようにカニジルは人にフォーカスしています。もう一つの特徴は、病院をPRしようとしていないところではないかと。
竹田 病院の広報誌なのに、病院をPRしない(笑い)
武中 PRとは、患者さんをたくさん集め、収益を上げるという目的です。我々はそんなことを考えたことがない。前任者である原田 省先生(現・鳥取大学学長)は、とりだい病院を米子出身の経済学者である宇沢弘文さんの提唱した〝社会的共通資本〟になぞらえた。医療機関であるだけでなく、市民の基本的権利を維持するために不可欠な役割を果たすもの、という意味です。カニジルもその考えに則っています。一帯の医療の最後の砦を守っている医療人の頑張りを知ってもらいたいんです。
竹田 武中先生が病院長になられてから始めた、病院の中にボランティアとして地元の人に入ってもらう「サポーター制度」も素晴らしい。
武中 とりだい病院では、高度医療を提供しています。患者さんは重度の疾患で困っているとき、病院に行くのは不安ですよね。病気ではない平時のときに、とりだい病院を知ってほしい。そうすれば何かあったとき、安心につながる。ただ、新型コロナ禍の直後に始めたこともあって外部の方を病院内に入れて大丈夫かと心配する人もいました。今で総計250人ほどのサポーターに入ってもらっていますが、トラブルは一件もない。みんな、とりだい病院のことを考えてくださっている。サポーターの方には共通のポロシャツを着ていただいています。ポロシャツを着た人が歩いていると、もう〝ありがとうございます〟以外の言葉はないですよ(笑い)。
竹田 そういう無私のサポーターの方々の姿を見て、職員の方たちの振る舞いも変わってきますよね。
武中 (深く頷いて)それが一番大切なんです。カニジルもそうですが、自分たちが見られていると意識することで背筋が伸びる。
竹田 ぼくが最近よく意識するのは、「関係性の再編集」ということです。既存の関係性における問題を解決し、より良い関係を築き直すためのプロセスです。とりだい病院は、まさに医療機関と患者さんの関係を見直している。武中先生が掲げている〝アワー・ホスピタル〟(Our hospital 私たちの病院)にもつながると思います。
武中 ぼくの定義では、お金を貰うための仕事は〝Job〟。医療従事者は、Jobではなく、〝profession〟(専門職)でなければならない。同時に、この病院を好きで誇りを持ってほしい。サポーターの方々と接することで改めてそこに気がつくような気がしているんです。

武中 ところで竹田さんは循環器内科医でもあり、病院マーケティングJAPANという組織を運営されています。これはどのように始まったんでしょうか?
竹田 10年近く前、日本医療マネジメント学会の病院広報セッションで出会った数人の仲間たちによる勉強会としてスタートしました。病院広報の視点から医療の現場がもっと良くなるんじゃないかっていう想いから始めました。
武中 組織名は、病院マーケティングジャパン。マーケティングとは、消費者の求めている商品・サービスを調査し、供給する商品や販売活動の方法などを決定することの意味ですよね。
竹田 狭義のマーケティングとは、商品を効率的に売ることを目的としています。我々は、価値を新しく創造するという広義、本質的な意味合いで使っています。医療の本質は、健康を守り、命を救うこと。それを踏まえた上で、医療の価値を新しく創造したいんです。
武中 そうした活動で結果を出した例はありますか?
竹田 急性期の患者をハイボリューム(大量)に受け入れている関東圏の私立病院がありました。そこではハイボリューム故に、医師はどんどん治療したい。そうなると看護師は仕事が増えて大変です。それで毎年100人ほど辞めていく。福利厚生やいい条件を出してもダメでした。かなりの金額を人材派遣会社に払っていました。そこで我々はエシカル採用に力を入れてはどうかと提案しました。
武中 エシカル採用?
竹田 エシカル就活とも言われ、学生が“社会課題解決に取り組む企業”を選ぶ動きです。医療もまさに社会課題解決そのもの。そこでぼくは、急性期医療の中で成長し活躍する「応募者が子どもの頃に憧れた看護師像」を強く打ち出して、現場の医療人の姿にフォーカスした発信をしたんです。
武中 人にフォーカスという意味ではカニジルに似ていますね。
竹田 ええ。そうしたら全国各地からウェブサイトを見て共感した優秀な看護師が応募してきたんです。働くことで理想の医療人に成長できると分かってくれたんです。人が足りないどころか、働きたくても働けないほどの人気になったんです。
武中 病院の現場スタッフのリアルを広く知ってもらうことでその病院の価値を創ったということですね。
竹田 最近、ぼくは、医療は人の未来をつくる仕事、と言っています。世の中には、ダイバーシティ障害、高齢者、ハンディキャップを持っているなどの理由で本来の力を出し切れていない人がいます。病気や怪我を治すことで人の未来に貢献し続けると同時に、多様な背景をもつすべての人が、自分らしい、すこやかな人生を描ける社会を支えていくこと。 それが、これからの「人の未来をつくる医療」だと、私たちは考えています。
武中 竹田さんもご存じのように、公立病院など自治体病院の80パーセント以上が赤字、国立大学病院の大半は赤字という現状があります。その中で我々は、2029年に新病院着工に取りかかります。竹田さんは地方における国立大学病院の未来をどのように考えられていますか?
竹田 厳しい言い方になってしまいますが、先ほどの医療の新しい価値を創るという意識が最も欠けているのが、公立病院、国立大学病院ではないかと。とりだい病院は除きます。ここでも病院と地方の関係性の再編集がキーワードになります。これから求められるのは、存在することで、その地域の価値も上がるという病院。特に地方の大学病院はそうした病院にならなければならない。
武中 大きな都市にある大学ならば、医療のことをやっていけば十分責任を果たすことができるかもしれません。米子市は人口14万人しかおらず、医療はもちろんですが、他の分野でもハブ(中心)にならないといけない。この地域におけるとりだい病院のプレゼンス(存在感)というのは、大都市圏の大学病院の100倍ぐらい大きい。だから、我々が進めている新病院プロジェクトはこの地域の100年を左右すると言い続けています。
竹田 もう一つ付け加えるとすれば、インキュベーションの場であってほしいんです。
武中 インキュベーションとは、ビジネスが始まる場という意味ですか?
竹田 はい。我々は様々な企業、団体と病院の共創をインキュベートしています。最近では佐賀の老舗和菓子屋『菓心まるいち』と連携した『【夜勤・当直・救急】あんこチャージPROJECT』がはじまりました。兵庫の高校生の発案で、携帯あんこ飲料「餡MMu」を病院の福利厚生に活用する企画です。病院ごとに週替わりのシールを貼って、そこには、管理職からの応援メッセージや新人紹介などが書かれています。栄養補給と同時に、職員同士のコミュニケーション活性化も図ります。これも関係性の再編集です。
武中 面白いですね! とりだい病院にも「ほめるん(サンクス)カード」という、職員内で感謝のカードを送る制度があります。あんこのパッケージに書いてあったら、もっと嬉しいかも。
竹田 あんこをそのまま食べてもいいし、パンなどに塗ってもいい。主原料が小豆の本格あんこだから美味しくて健康的。あんこの代わりにせんべいでもいいんです。地域それぞれの名物や個性があるでしょうから。こうした共創プロジェクトの多くは、専門的な知識やスキルがなくても始められます。それでも、暮らしをすこやかに彩り、新たな価値を生み出しているのが、また面白いところです。医療や暮らしの〝人間(じんかん)=人と人のあいだ〟を見直し、編み直す、いわば〝やわらかいイノベーション〟とも言えます。
武中 やわらかいイノベーションによって、病院を舞台に新しいビジネスが始まる可能性がありますね。
竹田 ぼくは病院マーケティングジャパンの活動を含めて、年間150ぐらいの病院を訪れています。これまで行った中で病院長や事務長など直接の知人がいるところが700から800カ所。全国の8000病院の中ではまだ10分の1程度。そんな中でぼくが病院に最も大切だと思うのは、そこに〝医療人の熱量〟があるかどうか。それは数値化できるものではないけど、しかし、確実に人を、医療を、未来を変える力がある。そして、とりだい病院こそ医療人の熱量を駆動力に、人と地域の未来を大きく変えていく病院だと思います。
武中 私も竹田さんの熱を十分に感じました。熱量高くこれからもやっていきます。これからもよろしくお願いします!
武中 篤 鳥取大学医学部附属病院長
1961年兵庫県出身。山口大学医学部卒業。神戸大学院研究科(外科系、泌尿器科学専攻)修了。医学博士。神戸大学医学部附属病院、川崎医科大学医学部、米国コーネル大学医学部客員教授などを経て、2010年に鳥取大学医学部腎泌尿器科学分野教授。2017年副病院長。低侵襲外科センター長、新規医療研究推進センター長、広報・企画戦略センター長、がんセンター長などを歴任し、2023年から病院長に就任。とりだい病院が住民や職員にとって積極的に誰かに自慢したくなる病院「Our hospital~私たちの病院」の実現に向けて取り組んでいる。
竹田陽介 病院マーケティングサミットJAPAN 代表理事
2006年獨協医科大学医学部卒業後、順天堂大学附属病院 臨床研修センター、獨協医科大学附属病院 循環器内科などで勤務。2010年東京工業大学 大学院生命理工学研究科で学ぶ。2018年より病院マーケティングサミットJAPAN 代表理事。循環器内科医としての診療に加え、多くの病院ファンづくりや学会プロデュースを手掛ける医療コミュニケーションのエキスパート。近年はカルチュラルエンジニアとして、病院、学校、企業、学会の橋渡し、「すこやか(ヘルス×ウェルネス)」共創プロジェクトの監修を行っている。