医療の世界をいかに知る?~賢い患者になろう~ 今回のテーマ「予防接種」



予防接種
©︎中村 治

「予防接種って病原体をわざわざ体内に入れるんでしょ、悪化する可能性ないのかしら」「乳幼児への予防接種って本当に必要なの?」こんな風に予防接種について疑問を持ったことのある人は多いはず。今回は感染症対策のエキスパート、千酌教授協力のもと予防接種を解明する。自分と大切な人を感染症から守るために判断材料を蓄えよう。


1.かかってから治す、では遅い?予防接種の必要性

例えば、インフルエンザなどは罹患した場合も数日間で回復する。予防接種とは本当に必要なのか。この質問に千酌教授は、予防接種には定期接種と任意接種の二つがあり、それぞれ意味合いが違うと前置きした上でこう言う。

「予防接種を受けたほうがいいだろうかと相談に来られる方も少なくありません。私は予防接種を受けずに重症化した患者さんをたくさん診てきました。そのため、不安が少しでもある場合、受けたほうがいいとアドバイスしています。私自身、そして家族も同じです。もちろん病原体を体内に入れるわけですから、リスクは限りなくゼロに近いとはいえ、完全にゼロではない。ただ、打たないことのリスク、自然感染してしまった場合のリスクは比較できないほど大きいというのが私の考えです」

「病気はなってから治すもの」と思う人も多いはず。実際、病気やケガをした時に、我々は病院やクリニックで治療あるいは薬を処方されて治してきた。

しかし。

「もしすべての病気が、かかってからでも100%治るのであれば、予防接種は入りません。しかし、どんな病気でも、ある一定割合は非常に重症化して、後遺症が残ったり、不幸な結果になったりすることがあります。だからかかってからの治療はだけに任せず、そもそもかからないようにした方がいいという発想になるのです」

千酌教授の考えは、「予防接種で防げるものは防ぐ」である。

「病気というのは本当に数多くあります。特にウイルス性の病気(感染症)は、ヒトの細胞の中に感染するというウイルス自体の性質もあって、あまり良い治療薬がないのが現状です。そのなかでも今、予防接種としてあるワクチンは、予防に有効であると認められたものと言えます。ですから、ワクチン接種により病気に対する抵抗力(免疫)を高めることが、一つでも病気の脅威から身を守ることにつながるのです」


2.定期接種と任意接種

千酌教授が前置きしたように、予防接種には、予防接種法に基づいて、市区町村が主体となって実施する「定期接種」と希望者が各自で受ける「任意接種」がある。そして定期接種は「A類疾病」と「B類疾病」に分かれている。

「A類疾病」は、集団発生が問題となる疾病で、予防の重要性が高い。まん延を防ぐために、〈努力義務がある〉と厚生労働省は規定している。

一方、「B類疾病」に対する予防接種は、個人の発症とその重症化を予防することが目的であり、これらは努力義務がない。また、定期接種は対象となる年齢が決まっており、その費用は一部自己負担もあるが、公費となっている。

自分が何の予防接種を受けてきたかは、母子手帳にすべて記録されているので、それを見れば確認できる。持っていない場合は、生まれた年を伝えると、医師は、定期接種している年代かどうかある程度推定することができる。

予防接種 図

3.数字で考える、乳幼児期の予防接種の重要性

予防接種は、ワクチンの安全性の問題から、時に積極的な推奨が控えられるなど、 BADニュースが流れたりする。その度に、子を持つ親は、「自分の子が副反応を起こしてしまうのではないか」「そんな危ないワクチンを体内に入れて大丈夫か」と不安視して接種を躊躇したり、拒否することを考えたりしてしまう。そんな不安について千酌教授はこう答える。

「学童期になった頃からの人の免疫力は上がってくるので、たいていの感染症はかかりにくい上にかかってからでも治療しやすいと言えます。しかし、それ以前の乳幼児期は免疫力も弱いため、感染症にかかってしまうと重症化するケースが多いのです。小児のインフルエンザ菌ワクチンや肺炎球菌ワクチンの定期接種によって、髄膜炎の発症がそれぞれ約90%、70%減少したことが知られています。生まれて間もない子が髄膜炎になってしまうのは、本当に悲しいこと。それがワクチン接種が始まったとたん、発症例が数年で一気に下がったのです。予防接種の多くが乳幼児期に実施することになっているのは、この期間に発症しやすいから。とにかく生まれてきた命を守りたいということが一番にあります」

打つことによるリスクはどのくらいあるものなのか。

「ワクチン接種による重篤な副反応が起きる確率(リスク)は、幅があるものの、だいたい10万接種に1回程度。反対に、ワクチンを打たないで病気にかかる頻度と打つことで防げる確率から考えても定期接種は、恩恵の方が大きいことが分かっています」と強調した。

打つことのリスクばかり取り上げられがちだが、打たないことで無防備になり、病気にかかりやすくなることも覚えておかなければならない。



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4.ワクチンによって異なる、予防接種効果の持続時間

意外と知られていないのは、ワクチンの効果が続く期間。ワクチン接種によって、我々の体内には「抗体」という病原体に対抗する物質ができる。この抗体には、一度できれば一生十分な量が体内で持続するものもあるが、なかには5年10年でその量が減り、効果が続かないものもある。

「日本国内にいるのであれば、かかる可能性が低いので、追加接種しなくても不利益を感じないこともあります。しかし、海外旅行や海外で生活を始める人は注意が必要です。例えば、東南アジアやアマゾンなど、行先によっては予防接種を受けておかないと入国できなかったり、感染症にかかってしまったりする危険性があります。そんな時は、厚生労働省検疫所が運用している『FORTH』というサイトを見てください。渡航予定の国をクリックすると、流行っている病気の情報が得られます。その情報をもとに必要な予防接種を受けるのが懸命です」

大人の場合、内科であればどこでも予防接種を打ってもらえる。しかし、より詳しい情報が知りたい時や相談する場合は、「トラベルクリニック」を掲げている医療機関にかかることがおすすめだ。とりだい病院も「トラベルクリニック」を開設している。日本渡航医学会のホームページに各都道府県のトラベルクリニックリストが掲載されているので参考にしてほしい。


5.私たちが感染症の脅威を感じないのは、予防接種のおかげ

ジフテリアや破傷風、百日咳など、予防接種の対象の疾病が、現在の日本ではほとんど見られないため、身近に感じることはなかなかない。これも予防接種に対して消極的になる原因の一つだろう。しかし、これこそ予防接種の恩恵であるという。

「対象疾病が今の日本で少ないのは、定期接種を定めて以来、多くの国民が予防接種を打つようになったおかげです。例えば近年は患者数が減っている「破傷風」は、1968年より定期接種で受けられるようになり、抗体を持つ人が増えたからです。ところが破傷風菌自体は、今でも日本中、土の中にいるので、免疫がない人はかかる可能性があります。年配の方や土いじりや農作業をする頻度が多い場合は、追加接種をした方がいいかもしれません。最近は震災や天災の際に、怪我などから菌が進入し、被災地で高齢者の破傷風発症例が増え、新聞でも話題になりました。麻しん(はしか)については、2007年からの国の取組みで、それまで1回だったのを2回接種に改めたことで、わずか8年後に、日本は流行国から撲滅国になりました」

感染症の脅威から自分自身を守るためには、やはり予防接種をきちんと受けるべきなのだ。


6.安全が一番。予防接種を受けるべきタイミング

予防接種は、体調の良い時に受けるのが原則である。予防接種を受けることができないのは、37.5℃以上の熱がある時や急性で重症な病気にかかっている時などだ。

「予防のために接種するのであり、患者さんに時間的余裕があるのであれば、私は『次にしましょう』と言います」

最も大事なのは体調面。千酌教授も、その人の体調が悪いと判断した時は、熱が基準以内であってもこうして接種を先送りにすると言う。

「乳幼児のお母さん方は、いついつまでに受けなくてはならないという思いからスケジュールを立てがちですが、一番大事なことはお子さんの体調をしっかり見極め、無理をしないことです」

以前は集団で行われていたインフルエンザワクチンの予防接種も1990年前後に集団から任意接種に移行している。接種に個人の意向を反映するようになってきた背景には、受けなくてもいいというのではなく、体調面も考慮して、個々人が接種のタイミングを選べるようにするためでもある。

まず予防接種は、その必要性や、打つことによる恩恵、リスクの両方を知った上で判断すること。そして受ける際には体調を万全にすることが大切だ。