写真 七咲友梨 取材・文 中原 由依子
「カニジル3号」で好評だったこの企画。
あれから5年、新型コロナも落ち着いて、とりだい病院や医学部内に再び外国人の姿を見かけるようになりました。
そこで久しぶりにYouたちにインタビュー!
それぞれの思いやぶっちゃけ話を紹介します。
ダルカン ブランバイさん
医学部 医学系研究科
医学専攻 脳神経小児科学分野
from 中華人民共和国
カザフスタンの民族楽器『ドンブラ』持参で現れたダルカンさん。弦は2本と作りはシンプルなのに、その音色はとても豊か。スローな曲もアップテンポも自由自在に操る。それもそのはず、ダルカンさんはミュージシャンを目指していた時期もあったという。「でも母が医者で、私にも医者になるよう勧めたんだよ」
ダルカンさんは外科医となり、新疆ウイグル自治区の病院で働く。しかし小児医療が十分でないことが、彼の気持ちを変化させた。
「私は脳神経小児科の専門医として働きたい。カザフスタンでも自閉症やてんかんなど脳神経の病気の子どもが増えている。その子たちの治療に携わりたい」
鳥大医学部脳神経小児科学分野は日本有数の小児神経学の専門施設。優れた指導者と研究環境が整っていることを知り、ダルカンさんは鳥大への留学を決めた。
「脳小の先生たちは親切で、素晴らしい指導を受けています。米子市は自然が豊かで食べ物も新鮮。学びと生活のバランスが取れるいい場所です」
母国のお勧め料理は『サムサ』。「牛肉や玉ねぎなどをパン生地に詰めて焼いたもの。カザフスタンに行ったら、地元の音楽を楽しみながら味わってほしいね」と話した。
イルファン ケスマヤディさん
医学部 医学系研究科
医学専攻 脳神経外科学分野
from インドネシア
「インドネシアでは脳神経外科医の数が少なく、現在約500人しかいないんです」
イルファンさんは、母国の脳神経外科医療を充実させたいという思いがある。「以前、鹿児島大学医学部脳神経外科で半年間研修をしました。その時お世話になった教授が、鳥大脳外科の黒㟢雅道教授と親しかったんです。私が通うディポネゴロ大学は鳥大と協定を結んでいることもあって、鳥大に留学する話になりました」
当初、イルファンさんは鳥取がどこにあるのか分からず、インターネットで事前に調べたという。実際に到着してみると、ネットで見た写真以上に美しい景色で驚いた。
「医局の皆さんはとても親切。手厚いサポートの中、高度な外科手術や様々な症例にふれ、論文作成にも励んでいます」
イルファンさんの一番の思い出は医局の『忘年会』。母国には『忘年会』のような行事はないそうだ。
「インドネシア人は働いている時も話しかけやすいし、話しやすい。日本人は仕事中はシリアス なのに、忘年会での雰囲気は全く違う。まるで母国の仲間たちと一緒にいるかのように明るく陽気でした。その差がとてもユニークでぼくは大好きです。ぼくも忘年会で一緒に一芸披露したんですよ『ジャスティス!』(笑)」
アディティア スリ リストコヨさん
医学部 医学系研究科
医学専攻 呼吸器・膠原病内科学分野
from インドネシア
呼吸器内科医であるアディティアさん。「私が在籍していたブラウィジャヤ大学医学部の上司たちが、1度は海外に出て研究してみるのも大事だよと留学を勧めてくれました」そこで以前、1週間の視察で訪れたことのあった鳥大医学部が頭に浮かび、留学先に選んだという。
「日本は診断や治療に関しての医療技術が高く、研究環境も整っていて素晴らしいです。鳥大の呼吸器内科や大学事務の皆さんが親身になって、いろいろサポートしてくれて本当に助かりました」
母国との違いについて聞くと一番は気候。「インドネシアは雨季と乾季だけ。気温も寒くても24℃くらいはあります。日本は四季があって季節によって寒暖差が大きいです。日本に来てから服を選ぶために毎日気温をチェックするようになりました(笑)」
アディティアさんのお気に入りは米子城跡から日の出を眺めること。米子市は海と山が近くにあって、リフレッシュに最適な場所だと話す。
「インドネシアも自然が豊か。パダール島のビーチは美しくておすすめです。3つの入江は、白い砂浜、ピンクの砂浜、黒い砂浜となっていて、とても珍しいビーチなんです。ぜひ行ってみてください!」
青砥 ダイアンさん
医学部 保健学科
基礎看護学 講師
from イギリス
青砥さんは鳥大医学部に勤務している英語の先生。「私はたまたまなんですが、1997年から米子市にいるんです」
きっかけは、青砥さんがイギリスの大学を卒業する頃、就職前に1年間は海外で過ごしてみようとALT(外国語指導助手)の募集に応募したことだった。いろんな国が候補としてある中、日本にはなかなか行けないだろうと選択。すると鳥取県米子市に赴任が決まった。
「私の故郷もイギリスの田舎コーンウォール。米子はそれほど不便ではなく住みやすいと感じました。それにイギリス人と日本人って、礼儀正しいところや自慢したがらないところなど性格が結構似ています」
小・中・高校のALTや個人で英会話教室を続けていたところ、鳥大からオファーがあった。授業では、医学生たちが発言しやすいようにリラックスした雰囲気を作ることを心がけている。
「皆さん大学に入るために、たくさん英語を勉強していますよね。けれども会話に自信がない人が多い。英語はコミュニケーションをとるための道具。覚えるんじゃなくて間違ってもいいから使う。ピアノが何回もやるうちに弾けるようになるのと一緒。英語もいっぱい使う練習をすることが一番です」
伊藤 ガブリエル ケンジさん
医学部 社会医学講座
健康政策医学分野
from ブラジル
日系3世のケンジさんは、サンパウロ大学医学部の6年生。
「祖父が鳥取県湯梨浜町の出身で、ブラジルで柿農園をしていました。ぼくは自分のルーツをたどりたくて、鳥取県の留学プログラムに応募しました」
留学が採用となり、医学生であるケンジさんは鳥大医学部の健康政策医学分野で学ぶことに。フレイル予防プロジェクトのフィールドワークでは地域の人たちとも交流した。
「最初は日本語が全然分からなくて緊張しました。でも日本の皆さんがたくさん話をしてくれて、言葉も教えてくれました」
休日の過ごし方は「ブラジルにいる時から、鳥取砂丘は見たほうがいいよと勧められたので、砂丘と砂の美術館に行きました。もう一つは日本の食べ物を食べることです」特にラーメンにはまり、鳥取のソウルフードである牛骨ラーメンスタンプラリーで店を巡り、全店制覇を成し遂げた。
もうすぐ留学期間が終了し、ブラジルに帰るという。
「私の祖母は認知症になったとき、ポルトガル語を忘れてしまったけれど日本語は覚えていたんです。祖父母のように日本からブラジルに渡った一世の中には日本語しか話せない人もいます。困っている日系人を支える医者になるのが私の夢です」
ユリディジ ムーハンマイティカリさん
医学部 医学系研究科
医学専攻 統合生理学分野
from 中華人民共和国
初めて日本を訪れたユリディジさん。中国では新疆医科大学第一附属病院での研修中、神経内科で『もやもや病』という病気の診断と治療に関わり、脳神経に興味を持った。そこで神経メカニズムについて学びを深めようと鳥大の統合生理学分野に留学を希望した。
他にも鳥大を選んだ理由があった。それは、同郷の先輩が鳥大にいたこと、そして「子どもの頃から日本の文化に興味があり、『名探偵コナン』が大好き。鳥取に来て日が浅いので、まだ機会はありませんが、北栄町の青山剛昌ふるさと館に行ってみたいです」
ユリディジさんは日本語がまだ不慣れ。けれども物怖じせず、翻訳アプリを使いながら街へくり出している。「日本人は優しくて親切。研究室のスタッフにもたくさん助けてもらいました」将来は、日本での留学経験もふまえ、創薬にも携わりたいという。
故郷は新疆ウイグル自治区の伊寧市。「山脈のふもとには美しい湖があり、草原では牛や馬、羊が飼われています。食べ物では『バルザック』がおいしいです。甘くない揚げパンでミルクティーに浸したり、ジャムをつけて食べたりします」
ユリディジさんは医学の勉強とともに日本の習慣や文化も感じていきたいと笑顔で答えた。
レイハン アンディカ フィルダウシさん
医学部 医学系研究科
医学専攻 法医学分野
from インドネシア
ブラウィジャヤ大学の法医学教員であるレイハンさん。鳥大医学部法医学教授の飯野守男先生に出会ったのは、2022年の秋。「飯野先生がブラウィジャヤ大学で講演をされて、その後の食事会で交流したことが留学のきっかけとなりました」
インドネシアは17000を超える島々で構成されている国。法医学者の数は他の専門医に比べて少ないという。
専門性を高めようと大学からの推薦とサポートを得て、飯野研究室の門を叩いた。「飯野先生は国際的にも有名な方。先生のもとで法医学画像診断学を学び、母国の法医学診断システムを確立したいと思っています」
初めて米子市に降り立ったときの印象は「混雑がないのにびっくりしました。私が住んでいるマランはオートバイだらけで交通渋滞がひどいです。米子はゆったりとしていて学びの環境としては最適です。ただ……冬の寒さには本当に困りました」
レイハンさんの母国のお勧めは、「インドネシアには美しい島がたくさんあります。島ごとに民族が違っていて言葉も異なる。718言語もあるんです(公用語はインドネシア語)。それぞれの島の風景や文化を楽しんでみてください」