取材・文 中原 由依子 写真 馬場磨貴
ヒトは、両手を自由に使って生活するため、他の脊椎動物とは違い、四足から二足歩行という進化を遂げた。腰痛はその進化の結果、起こるようになったと言われている。
これまでの報告では、腰痛の大半は原因が特定できないとされていた。
しかし最近の日本の研究では、整形外科医が丁寧に診察することで、腰痛の多くは原因を明らかにできるとされている。とりだい病院の医師に最新情報を取材した。

腰痛とは、腰に生じる痛みや張りなど不快に感じる症状の総称である。日本における腰痛の患者数は約2800万人と推定され、日本人の8割以上が生涯において腰痛を経験するという。まさに国民病の一つと言える。
腰が痛いと感じたとき、まず整形外科医の扉をたたくことになる。
しかし、とりだい病院整形外科講師の谷島伸二は、整形外科に来た患者さんすべてが腰の病気とは限らないという。
「腰が痛いと言っていても、お尻のあたりを押さえていたり、背中の真ん中をさわっていたりとバラバラ。体の後ろが痛いという人は、全部腰だと思って整形外科にやってくるんです」
そもそも、腰の定義は国によって違う。肋骨の下からお尻の上までを腰とする国もあれば、お尻を含める国もある。日本では肋骨の下からお尻の下、すなわち腰椎のあたりだ。
腰椎とは、脊柱を構成する椎骨のうち腰部にある5個の骨を指す。脊柱は身体の軸となる、いわゆる背骨のことだ。脊柱は7個の頚椎、12個の胸椎、5個の腰椎、仙骨、尾骨が連なってできている。
「例えばMRIで腰椎がおかしいと分かったとします。腰椎にある椎間板の何番目が悪いのか、それとその原因はどこにあるのかを探るのがぼくたちの仕事です」
MRI検査とは、磁場と電磁波を使って身体の断面画像を撮影する検査だ。整形外科医の大切な仕事は、患者との会話――問診であるというのは、とりだい病院整形外科教授の永島英樹である。
「脊柱は身体を支え、身体を動かすときも重要な役割を果たしています。そして重い脳みそを支えています。身体を動かせばどうしても負担がかかってくる。例えばぼくたちがジャンプして上から飛び降りるとします。そのとき衝撃を吸収しているのが椎間板」
椎間板は、椎骨と椎骨の間にある板状の軟骨組織である。
「椎間板というのは本来、水分をたっぷり含んでいるんです。弾力性があるからショックを吸収できる。若い頃の椎間板はスポンジのようなものです。人間の身体というのは18歳頃をピークに下っていく。弾力性があったスポンジも当然傷んでいく」
年をとると背が縮むのも、椎間板や椎骨が潰れていくからだ。
「人間の身体も自動車と同じ。長く走れば必ずパーツの調子が悪くなったり、壊れたりすると理解してください」
「座っている」ほうが
腰に負担がかかりやすい
身体のあちこちが傷み出すのは、長生きの証でもある。その「傷み方」は、長年の環境、生活習慣と大きく関係がある。
谷島は鳥取県の名産、梨を栽培する「梨農家」の患者を例にこう説明する。
「梨農家では、梨の袋がけという作業があります。立った状態で、梨に虫がつかないように1つ1つの実に紙袋で包んでいくんです。その患者さんは、肩の筋が硬かったんです。肩関節の可動域が落ちて腕が上がりづらいため、腰を必要以上に反らしていたので、腰に負担がかかっていたんです。肩の可動域を広げたら、腰痛も治りました」
腰痛に関して、意外と知られていないのは、自然に完治する場合が多いということだ。
「椎間板は加齢により、弱っていきます。椎間板の一部が突出して、神経を圧迫するため痛みや痺れが生じる場合があります。これが椎間板ヘルニアです。ヘルニアの軟骨部分は、自然に体内に吸収されてなくなる人も多い。薬を処方して、痛みを我慢している間に軟骨が消える。椎間板の変形は残っても痛みがなくなり楽になるんです。また神経痛や加齢で骨がグラグラしてきても、だんだん時間が経って動かなくなって安定する方もいるんです。そうなればあまり痛くない」
また谷島は、椎間板は「座っている」ほうが負担がかかりやすいのだという。
「座っている時間がめちゃめちゃ長い。同じ姿勢で座っている人はやっぱり傷みやすいです。立ってるときは膝とか股関節が全部クッションになるので、衝撃は逃げてる。座っているとお尻から直接体重を受けているわけですから、座り時間が長いと椎間板が痛みやすい」
整形外科医は、患者一人ひとりの背景を紐解き、慎重に診断、治療を進めていく。
「〝腰〟が痛い原因は、実は股関節にあるのかもしれない。臀部(おしり)の痛みの場合は坐骨神経痛の可能性もある。あるいは内臓が悪くても腰痛が起きることもあります」
日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修する『腰痛診療ガイドライン』には注意すべき腰痛について記されている。
「何か動作をして痛いというのは、いわゆる安全な腰痛。寝ているだけなのに腰が痛くなる、これは普通はありません。そういう人は、例えば腫瘍があったり、感染症があったり、尿路結石みたいなものがあるかもしれない。体重が減ってきたり、熱があるとか、腰痛に伴う症状がある人も要注意」
永島も、様子を見てもいい腰痛と、そうでない、すぐに病院にかかるべき腰痛があると注意する。
「多くの場合、半日や1日でよくなる。完全消失しなくても、気にならないぐらいの痛みになれば様子を見てもいい。だけど1日経ってもずっと強い痛みが続いているとか、手足の動きが悪くなっている、筋肉の麻痺があるとか、背中や腰に七転八倒するような痛みがあれば、すぐに病院で診てもらってください」
腰痛は、多くの人がなるが故に、自分の痛みもこんなものだと過小評価してしまう傾向にある。
「1度痛くなって、1、2カ月しても消えない腰痛だったら病院に行って相談してほしい。もうちょっと早く診ていれば、何とかなったかなというのが正直あるんです」
妊娠・出産時に「骨盤」がずれて、
「腰痛」が起きるというのは本当か
病院に行くまでもないと、整体に通う人もいる。受けて気持ちのよい範囲ならば問題はない。ただし、行きすぎも散見される。例えば、妊娠、出産時において、骨盤が「ずれる」ために矯正が必要になるといった類だ。
出産に関する腰痛に関しては、女性診療科講師の原田 崇に専門医としての意見を聞いてみた。
「お腹が大きくなると姿勢が変化し、骨盤にも胎児の重さがかかってくるため妊娠中に腰痛を訴える女性は多数います。女性の身体は分娩に備えて自然に関節が緩んで骨盤が広がります。ただ、妊娠、出産による腰痛は、それらが終了すれば次第に和らいでくる。身体も元に戻ろうとするわけですから、出産した人の骨盤がずれたままになっているということは実際はありません」
谷島も「骨盤の関節が緩むために痛みが出やすくなるわけで、ずれているのではありません」と首を振る。
腰痛対策の1つは生活習慣の見直しである。谷島は、それぞれ腰痛に至った何らかの生活習慣があるからで、そこへのアプローチをしなければ意味がないと言う。
「座っている時間が長い人は、ちょっと立ったり、体の姿勢を変えたりとかをこまめにすることによって補える。あとはやっぱり体をなまらしちゃいけませんよね」
普段使っている机や椅子の高さがあっていない場合もある。
「座るのが腰痛に悪いっていうのは分かってるので、なるべくいい椅子を使った方がいい。ただ値段が高ければいいのではない。まず高さが変えられるか」
そしてやはり適度な運動という習慣も大切だ。
「体幹の筋力は年齢とともに衰え、支える力が落ちてきます。運動によって筋力を保つ必要があります。腹筋か背筋かどっちを鍛えた方がいいのかってよく聞かれますが、ほぼ同じなんです。筋力を鍛えていくのは腰痛の予防になります。運動は何でもいいんですけれども、軽く心肺機能が高くなるような運動がいい。友達と話をしながら歩いてても息切れしない、ちょっと階段を上っても息切れしない程度の体力がつけば、腰痛になりにくく、治りやすい傾向にあります」
このような運動を週に最低2回以上、20分から30分程度で習慣化することが重要であるという。
もっとも変えられる生活習慣と、そうでない生活習慣がある。
「できる場合と仕事なんで絶対無理ですっていうことがあります。農家さんとか漁師さんにこうした動きが原因だから、直したらいいよって生活の話をしても、いや無理でしょ、それ休んだら仕事クビになっちゃうし、できないと言う人もいる。高齢者の場合は、もう何十年もきているので、ちょっとした生活指導だけでは難しいかもしれません」
その場合は薬、あるいは手術で対応することになる。
「大学病院の整形外科は、いろんな手段を持っていますし、知識もあるので、その人にあった腰痛治療を勧められます。どうせ腰痛はよくならないからと諦める人もいるのですが、結構そうでもない。悩んでいるんだったら来てほしい」
生活をする以上、腰に負担がかかってしまうのは避けられない。ならば、腰を労ることが大切だ。休憩や運動習慣を取り入れること、適切に病院にかかり医師に相談することなのだ。
