病院長が話題の人物に迫る!
武に虎
⻘翔開智中学校・⾼等学校 校⻑ 織⽥澤 博樹

写真 七咲友梨 構成 カニジル編集部


武に虎

鳥取県鳥取市にある青翔開智中学校・高等学校は、2014年に開校した私立の中高一貫校。
生徒自身が主体的に課題を設定し、その解決に向けて行う「探究学習」に力を入れた独自のカリキュラムで全国から注目されています。
校長である織⽥澤 博樹さんは、エンジニアやビジネスの世界で活躍してきた異色の経歴の持ち主。日頃から「偏差値が高いだけの学生ではいい医者になれない」と言う武中 篤病院長が、これからの時代に必要な教育について語り合ってきました。

地元募集で集まらなかった「教師」を
都市圏で採用

武中 プロフィールを拝見すると、この学校に関わる前は教育とは縁がなかったと理解しています。その織田澤さんが鳥取県で私立学校を立ち上げると聞いたとき、どんなふうに思いましたか?

織田澤 面白そうだと思いました。そこで現在の中学、高校がどのような状況なのかまず調べました。ぼくの頃と社会状況はずいぶん変わっています。学校教育もさぞかし進化していると思い込んでいたんです。ところが、そうではなかった。ぼくたちが面白い学校を作ったらインパクトあるんじゃないかと思いました。

武中 インパクトというのが、「探究」を掲げた教育。教育目標には〈探究 好奇心+情熱 興味や問題点を自ら発見し、自発的・主体的に行動し、解決できる生徒を育てる〉と書いてあります。具体的にはどのようなカリキュラムを組んでおられるのですか?

織田澤 中学1年から高校1年までは〈クリエイティブフェーズ〉〈アカデミックフェーズ〉として、こちらが出したテーマについてチームを組んで考えていく。例えば中1では〈鳥取市に魅力的な○○を創ろう〉、高1では〈人口減少問題をテクノロジーで解決しよう〉といったふうです。高校2年生から〈パーソナルフェーズ〉に入り、個人テーマによる課題研究を始め、高3のときに1万字程度の論文にまとめます。

武中 廊下の一角に卒業生の論文が置かれていました。それぞれ専門的な研究をしていることに驚きました。ただ、こうした論文作成に伴走することのできる教師が必要になります。地方では特に人手不足が甚だしい。教員確保に苦労しませんでしたか?

織田澤 まず鳥取県内で、こうした教育を行う中高一貫校を作りますと掲げて募集しました。そうしたら全然集まりませんでした。そこで東京や大阪で、私学の教職員募集のイベントでブースを出しました。すると、すぐにやりたいという人が集まりました。その場で40から50人の方の面接を行いました。彼ら、彼女たちが初期メンバーです。

武中 ユニークな教育方針が都市の人を惹きつけるというのは、なんとなくわかります。

織田澤 当時、多くの私立学校が求めていた教員像は、大きく分けて2つ。1つは東京大学に合格させるような指導力がある。あるいは、スポーツで部活動をインターハイの全国大会に出場させる力のある人間。

武中 そこで探究をやりたい人、来てくださいって言うと魅力を感じる人がたくさんいた。

織田澤 ぼくの実感ですが、大学の教育学部では、探究学習を教えられる先生を育てている。ところが現場ではそうした先生を活かしきれていない。偏差値重視で受験勉強、あるいは部活を一生懸命やってください、それ以外はいらない、みたいな。うちは大学で学んだことを、現場で活かしてほしいという話をしています。

武中 変わった授業もありそうですね(笑い)。

織田澤 ええ。日本史の授業で、江戸時代が終わるときの大政奉還ってありますよね。徳川慶喜が正面に座って、大名が頭を下げているという図です。それをメタバース(仮想空間)で再現している先生がいますね。生徒たちはそれをヘッドセットで見る。

武中 それはすごい(笑い)。

織田澤 能登地震が起きたときに、どれぐらい地層がずれたかというのをメタバースで作って、みんなで(仮想空間を)ヘリコプターに乗って確認に行ったり。歴史上の偉人が選挙に立候補したらどうなるかとか。他の学校ならば、勝手な授業をやっているんだと潰されたかもしれない。



医学部医学科の受験生に、
高い偏差値を求める意味はあるか

武中 鳥取県は公立王国。親はどうしても東大などに卒業生を輩出している公立高校に行かせたいという傾向がある。公立中学、高校に通わせれば学費も安い。今でこそ探究を掲げたこの学校は一定の認知度がありますが、初年度は学生を集めるのが大変ではなかったですか?

織田澤 最初はみんなよく分かっていなかったんじゃないですか(笑い)。我々の掲げる理想に共鳴した親御さん、生徒もいらっしゃったと思いますが、それよりも新しい学校ができるという期待があった気がします。我々もまだ未熟で、最初の6年間は、生徒と一緒にカリキュラムを作っていったような感じでした。

武中 単に知識を詰め込んだ人間を量産してもこれからは役に立たない、という時代のニーズを先行したわけですね。我々、鳥取大学も同じような学生を求めています。とはいえ、保護者としては大学合格という結果も欲しい。特に地方では、国立大学医学部合格者を出すことが、1つの指標となっています。そうした風潮についてどのようにお考えですか?

織田澤 受験競争の頂点に国立大学医学部医学科があって、勉強ができるからそこを目指すというのは違うと思います。自分が何に興味があるのか、どういう学問を追求したいかというのは高校生の時点であるはず。偏差値で上にいるから、医学部を目指すというのはおかしい。一方、こんなふうにも思うんです。偏差値が高いというのは、情報を効率よく処理できる能力があるということです。医師として患者を診る際、過去の症例を頭に浮かべて、診断を下し、治療法を考えることは、得意かもしれない。

武中 そういう能力はいずれ必要なくなると思います。症状をAIに入力したら、診断がポンポンと出てくる。そこから選べばいい。今後の医療で必要なのは、患者さんに対する共感力、痛みを理解する感性が必要になってきます。

織田澤 ぼくの知り合いから、海外の大学の医学部の入試の話を聞いたことがあります。試験会場に入ったら、子どもが泣いている、その子どもをどうやって泣き止ませて椅子に座らせるか。あるいは、子どもが、がんになってしまったとき、医師としてご両親にどのように告知するのか。それが試験だったと聞いたことがあります。

武中 非常にいい試験だと思います。ただ、日本の場合は医学部医学科に進学しても臨床の医師になるとは限らない。研究者になる人も何パーセントかいます。だからそうした思い切った試験はできない。ただ、(患者に向き合う)臨床の医師にはまさにそうした力が必要です。

織田澤 そもそもの質問になっちゃうんですが、医学部医学科に行くのに、あんなに偏差値が高い必要はありますか?

武中 (腕組みして)ぶっちゃけた話をすると、そこまで偏差値が高い必要はないと思います。医学科は、いわゆる「理系」に分類されますが、理学部や工学部と比べたら、最も「文系」に近い部分が要求される。

織田澤 ぼくもそう思うんです。(工学部の)建築科に近いですよね。

武中 そうです。現場では答えのない問題を解決しなければならない。技術や知識だけでは解決できない、閃きの部分があります。また、特に(手術を行う)外科医は肉体労働でもある。もちろん科学者でもあるので、最低限の学力は必要。ただ、それだけでできると思って入ってこられると困ったことになる。臨床においてはコミュニケーション能力が不可欠。少なくない学生が、いわゆるお勉強はできるけれど、コミュニケーションを苦手としている。

織田澤 なんとなく理解できます(苦笑い)。

武中 人格が確立した18歳で大学に入ってから、その感性を磨けというのはなかなか難しい。この学校のいいところは、中学生という早い時期から、知識を詰め込むのではなく、自分の興味がある部分を探究すること。それは医師になったときに必ず役に立つはずです。



「人口最小県」の鳥取県だからこそ、
できることがある

武中 とりだい病院は2029年着工で新病院建設に向かっています。その意味で学校の「器」に興味があります。この青翔開智は、普通の学校とは全く違った作りになっていますね。織田澤校長は設計から関わっておられるのですか?

織田澤 はい。中学高校時代、こんな学校だったらいいな、という思いは誰もが持っているはず。それをこの学校で具現化しようと考えたんです。職員室って、閉ざされていて叱られるときしか行かなかったじゃないですか。うちはご覧のように、職員室はガラス張りで廊下から中が見えるようになっています。

武中 本館は正方形で、1階の真ん中には本棚が並ぶ〈ラーニングセンター〉があり、囲むように教室、職員室が並んでいます。ラーニングセンターの上は吹き抜けになっていて、2階も教室。教室もガラス張りで廊下から中を覗くことができる。1階には劇場のように段差をつけた階段の部屋もありましたね。

織田澤 あそこは音楽室兼プレゼンテーションルームです。音楽の授業と探究学習の発表会に使っています。

武中 こうした作りの学校は初めて見ました。以前、この連載で建築家の竹山 聖さんが、病院と学校は監視しやすいように刑務所と同じ基本設計になっているということをおっしゃっていました。ここは全く違う。織田澤校長がこの学校に来る前に、キャラクタービジネスに関わっていたとお聞きして合点がいきました。どこかエンタメの香りがします(笑い)。

織田澤 細かなところにも気を遣っているんです。全館Wi-Fiを使うことができます。Wi-Fi関係のコードなどが見えないよう、全部天井裏に隠してあります。

武中 最後に、答えにくい質問をさせてください。青翔開智に来ている生徒の出身地を見ると、ほぼ鳥取県内。鳥取県は人口最小県であり、人口は減っている。少子化、過疎の影響はありませんか?

織田澤 ほとんど影響ないですね。1学年50人の少人数というのもあると思います。県外から青翔開智に通いたいのだけれど、寮はないかという問い合わせもあります。一時期は寮を作ることも考えました。ただ、鳥取県の子だけにこうした教育を提供するのも、すごく価値があることだと思っているんです。寮を作って都会から生徒を呼ぶというのは違うかなと。

武中 鳥取県は人口最小ではあるけれど、人と人の距離が近い。そのため、東京ではできないことがあっさりできてしまったりする。

織田澤 そうなんです。青翔開智はいろんな雑誌に取りあげてもらい、視察も多い。なんでこんなに注目されるんだろうと不思議に思って、知り合いに聞いたら「青翔開智は意思決定に至るまでのノイズが少ない」って言われました。確かにそうだなと。鳥取県だからこそ思い切ったことができる。それも利点だと考えています。


武に虎



武中 篤 鳥取大学医学部附属病院長
1961年兵庫県出身。山口大学医学部卒業。神戸大学院研究科(外科系、泌尿器科学専攻)修了。医学博士。神戸大学医学部附属病院。川崎医科大学医学部、米国コーネル大学医学部客員教授などを経て、2010年鳥取大学医学部腎泌尿器科学分野教授。2017年副病院長。低侵襲外科センター長、新規医療研究推進センター長、広報・企画戦略センター長、がんセンター長などを歴任し、2023年から病院長に就任。とりだい病院が住民や職員にとって積極的に誰かに自慢したくなる病院「Our hospital~私たちの病院」の実現に向けて取り組んでいる。

織⽥澤 博樹 ⻘翔開智中学・⾼等学校 校⻑
1980年⽣まれ。群⾺県沼⽥市出⾝。電気通信⼤学⼤学院修了。⽇⽴製作所で災害救急システムのエンジニアを経験した後、キャラクタービジネスの業界へ転⾝。⼦ども向け玩具やイベント、キャラクターミュージアムの企画開発を行う。2012年より⻘翔開智中学校・⾼等学校の⽴ち上げに設⽴準備室室⻑として関わり、校舎建築、ファニチャー、ICT設備、図書館などの企画開発を行う。2014年に開校後は探究の授業開発を進め、⻘翔開智における探究モデルの基礎を作る。2016年度より副校⻑、2020年度より校⻑として学校経営にあたる。