医学科6年の紙浦愛佳が医師を志したのは、小学校4年生の時に読んだ『電池が切れるまで』という本がきっかけだった。同じ歳の女の子が小児がんで亡くなるという内容に衝撃を受けたのだ。そして最後の一押しとなったのは、高校時代に受けたイジメだった。
「あのとき自分の存在価値を見失いかけたんです。振り返ってみれば、思う存分勉強をさせてもらえるという自分の環境って恵まれているじゃないですか。その恩返しじゃないですが、社会に貢献したいと思ったんです」
智辯和歌山高校を卒業後、1年間の浪人を経て鳥取大学医学部医学科に入学。入学後は「医学生として、今できることをやろう」と国内外で課外活動を始めた。特に力を入れたのが、乳がんの正しい情報をわかりやすく発信するための乳腺科医の団体 “BC Tube”でのインターンである。
「特に地方だと、乳がんに罹ったことを知られたくないので患者会にも行きづらいという人がいらっしゃる。でも、患者同士で悩みを共有したいという気持ちはあるんです。乳房を失った喪失感は患者さんにしかわからない」
そこで匿名かつ〝画面オフ〟のオンライン患者会を開催した。
さらに、日本の乳がん検診受診率が低いことに着目し、検診受診率の国際比較と他国の取り組みについての疫学研究を行い、日本乳癌検診学会で発表、論文も執筆した。
紙浦が目指すのは臨床・社会・研究の3つの側面から女性医療にアプローチすること。その一つが未受診妊婦への対応である。
「出産前に産婦人科を受診しない妊婦さんたちがおられます。どうしても責任感がないなど悪く捉えられがちですが、そうではないんです。検診に行く必要があると知らなかった、育てる経済力がなかった、誰にも相談できなかったという背景を理解しなければならない」
社会の制度を変えるだけで救われる人がいると彼女は信じている。
「女性は様々なライフイベントがある中でホルモンのバランスが変わっていく。自分のせいではないのに、バイオリズムに勝手に支配されて別人のようになってしまったり、些細なことでどうしようもなく落ち込んで、なにもかも上手くいかない日がある。そんな忙しない女性の人生に寄り添いたい、どうにかしてあげたいと思ったんです」
日本中の女性の心身の健康を守るのが私の使命です、と目を輝かせて語る紙浦は、間違いなく次世代のリーダーである。