カニジルブックレビュー
医療従事者は「話題の本」をこう読む
第3回 『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』
(近藤一博 講談社ブルーバックス)



評者 鳥取大学医学部附属病院 副病院長 感染制御部長 千酌浩樹

「話題の本」をこう読む
「話題の本」をこう読む



「24時間がんばれますか?」昔テレビに流れていたあるコマーシャルの言葉ですが、みなさんご存じですか? ご存じの方も、そうでない方も、この言葉を聞いて、どう思われますか?「共感する」「憧れる」などのポジティブなイメージを持つ方、「勝手に頑張れば」とか「意味不明」とかネガティブなイメージを持つ方、いろいろだと思います。

私は前者でして、「疲れを知らない」とか「365日休み無し」とか、憧れるほうです。いえ、自分がそのようにできるわけでは全くないのですが、もしそうなったらすごいなとか、憧憬をもっておりまして、こういう言葉をきくと、憧れ神経がビンビン感じるのです。

そんな私にとって「疲労とは何か」というタイトルは魅力的です。疲労のなぞを解明し、その克服方法をわかりやすく解説した本にちがいない! これを読めば、疲れを知らない生き方ができる。大学や病院の業務はもちろん、メール返信もばんばん即日にできて、原稿・講演締め切りもきっちり!そんな人生が送れるかもしれない。

もちろん、これはそんな本ではないです。

この本は疲労を科学的にとらえ、そのなかで、著者等の研究との関連性を丁寧に解説しています。ヒト単純ヘルペスウイルス-7型、慢性疲労症候群、うつ病、新型コロナウイルス感染症といった、現在の「疲労」を考える上での立て役者がすべて登場。そして、それらと関連づけられる重要な因子として、著者等が発見したウイルス感染症との関連やSITH-1というタンパク質の役割が語られています。

SITH-1を減らすことができれば、「疲労」を克服できるのではないか、そういう著者の情熱がひしひしと伝わってきます。語り口は丁寧で、高度なこともできるだけ正確に読者に伝えようとする、そういう気持ちがよく分かります。読まれた方には、医学研究者が、様々なアプローチで疲労という未開の分野に取り組んでいる様子を一つの映画として見たような読後感が味わえると思います。

さらに、私が本書に引きつけられたもう一つの理由は、私の専門である感染症医が扱う新型コロナウイルス感染症(以降、コロナ感染症)と関係があります。

コロナ後遺症とは、コロナに感染したのち、1か月、1年、あるいは2年を超えて、疲労感などの症状が持続する現象で、後遺症、あるいは罹患後症状と呼ばれています。コロナの感染症状自体は、以前に比べてずいぶん軽症化していますが、依然として、後遺症のために社会活動に困難や不自由を感じておられる患者さんが、多くいらっしゃいます。

私たち、とりだい病院の感染症内科では、2021年11月2日から「新型コロナウイルス感染症後遺症外来」(以降、コロナ後遺症外来)を開設して、このような患者さんを多く診察させていただいています。

コロナ後遺症の症状として、最も多いのが、「倦怠感(疲れ、疲労)」なのです。

患者さんが、訴えられる典型的な症状は、コロナにかかって以後、常に疲労が抜けない、あるいは、少しの事務的作業で、強い疲労を感じるなどです。ご本人が感じる疲労は、周囲の人にはなかなか分かってもらえないのもつらいところです。

感染症にかかった後に、長期にわたって関連する症状が持続する現象は、コロナに限らず、インフルエンザや帯状疱疹といった他の感染症でも知られており、急性感染症後症候群(post-acute infection syndrome: PAIS)と呼ばれていました。コロナは患者数が多く、おそらくPAISの頻度自体も高いことから、特に問題になっています。

このコロナ後遺症に対しては、これまではどのくらいの人がそうなるのか、どのような症状があるのかなどの疫学的研究が主でした。最近になって、なぜコロナ後にそうなるのかの機序(作用するメカニズム)に関する研究成果が発表されるようになりました。それによりますと、コロナウイルス感染は全身性の炎症を引き起こし(この程度が他の感染症より強い傾向があります)、それが神経細胞を傷つけて発症するという、だいたいのストーリーが浮かび上がってきました。ただ、まだまだ研究が始まったばかりで、ではどのような炎症がそれを引き起こすのか、それを防ぐ薬、それを治癒に向かわせる方法はあるのかといった、本当に患者さんと私たち医療者が知りたいことが分かっていません。コロナ後遺症の克服にはまだまだ時間が必要そうです。コロナ後遺症外来で、患者さんと向き合う中で、以前に増して「疲労」への興味が高まっている中でのこの本との出会いでした。本書でも〈新型コロナ後遺症が長期化するメカニズム〉という項目が含まれています。

「疲れ」知らずに憧れる方にも、冷静に「疲れ」をとらえ、医学研究の流れを知りたい方にもおすすめです。




千酌 浩樹(ちくみ ひろき)
鳥取大学医学部医学科卒業後、鳥取大学医学部附属病院第三内科、米国国立衛生研究所留学などを経て、2014年より感染制御部部長。高次感染症センター長、感染内科科長。2021年鳥取大学医学部臨床感染症学寄附講座教授。2022年副病院長に就任。