カニジルブックレビュー
医療従事者は「話題の本」をこう読む
第二回 『冒険の書 AI時代のアンラーニング 』
(孫 泰蔵 日経BP社)



評者 鳥取大学医学部医学科 医学教育学講座 医学教育学分野教授 植木 賢

「話題の本」をこう読む
「話題の本」をこう読む



教育とは何かこの問いの答えを求め、著者の起業家・孫 泰蔵さんは偉人の書物を開く。「なぜ学校はあるのか?」「なぜ、勉強をしなければならないのか?」「好きなことだけをしていてはいけないのか?」誰もが幼いころに抱く疑問についてルソーや荘子らの過去の書物に遡り答えを求めた。

本書の冒頭には学校が作られていった歴史が記されている。

昔は一対一の師弟関係により、ごく一部の人間しか教育を受けることができなかった。なぜなら貧困等の理由により、児童であっても労働に駆り出されるような社会背景があったからだ。このような貧困から抜け出すため、皆に教育を受けさせてあげたいという願いから、ランカスターがクラス(学級)、ウィルダースピンが学年というシステムを開発した。同年齢の子供達を集め、均質な教育を施す効率的なシステムは、盲目的に従う人材を必要とする産業革命の時代には大変有用であった。こうして「人間の機械化」が進み、人間は「能力」や「実績」で評価されるようになっていった。

しかし昨今はAIが進化し、凄まじいスピードで「機械の人工知能化」が進んでいる。もはやAIは、チェスや囲碁の領域では人間を凌駕しており、弁護士試験や医師国家試験にも合格するレベルである。今後、AIやロボットが多くの分野において人間に取って代わり仕事を担うと予測されるため、学校は「優秀な機械」になろうとする人材を育てても、卒業後には路頭に迷う可能性すらある。当初のランカスターらの目的は崇高で素晴らしいが、現代では、従来のクラス・学年というシステムにより育成される画一的な人材よりも多様性のある人材が求められているのではないか――と筆者は訴える。

では、これからの教育はどうあるべきか?

泰蔵さんはアンラーニングという言葉――これまで学んできた知識を捨て、新しく学び直すことを提示する。未来の学習者は、自分の中から湧き上がる問いに対し、答えを求め続ける姿勢や既存の価値観を捨てて、別の視点から物事を捉えるような柔軟な思考が必要である。偏差値など一つの尺度に拘りすぎず、失敗を通じて人間的な成長を促すことが重要である。泰蔵さんの考える学校とは「試行錯誤できて、失敗から学べる環境」である。

さらに、筆者は新しい学校として「年齢を問わず、新しく探究や学問をしたい初心者が集う場」を創ることを提案する。社会を変えたいという志を持つ人々が集い、お互いに学び合えるこの教育環境こそ、イノベーションを創出する人材を育むことができるのだ。

本書を読んで、私はこれからの「人材」には、三つのことが求められると考えた。

一つ目は年齢や分野の壁を超えてつながり、人の温もりや共感、幸せとは何かを深く考えられること。二つ目は、AIを用いて身の回りの課題を解決するとともに、人々の幸せにつながるように社会に適応させていけること。三つ目は、暗黙知と呼ばれる、現在ではまだ説明できないような事柄を言語化して人に伝えることができること。

現在のAIは既にインターネット上にある言語をもとに回答を生成することはできる。しかし、例えAIが進化しても、五感をフルに活用して感じ取る予兆や人が受ける感動は、人間にしかない。人間だからこそ人に寄り添うことができ、相手の安心感にもつながるのだ。

2012年、私たちとりだい病院は医療機器開発や創薬を推し進めるため、様々な年代、そして異分野の人が交流できるように新規医療研究推進センターを設置した。また2014年には、企業の技術者とともに学び成長することを目指して共学講座を開講している。これは、まさに泰蔵さんと共通する「探究したい初心者が集う場」の実践である。これらの活動により、当院では10年間で27件の医療・介護機器等を製品化することができた。今後も異分野の連携により、医療における様々な課題を解決し、患者さんに役立つ医療機器の開発を進めていく。

2045年には、シンギュラリティー(人間と同等レベルの人工知能が誕生する時点)が起きると言われ、AIの知性は現在の何兆倍もの力を発揮し、生物学的限界を超えると予測されている。泰蔵さんが提唱する学校=混ぜる教育は、答えのない時代と呼ばれるAI時代にこそ必要とされるだろう。本書は、泰蔵さんの独特な発想と質問にぐいぐいと惹かれていく素敵な本であった。教育に興味がある方はもちろんのこと、これからのAI時代を生き抜こうとするすべての人にお勧めしたい一冊である。




植木 賢(うえき まさる)
1972年 鳥取県米子市生まれ。1998年、大分医科大学医学部医学科卒業。2005年、鳥取大学大学院医学系研究科修了。2009年、鳥取大学医学部附属病院卒後臨床研修センター講師、2012年、同院次世代高度医療推進センター特命准教授、2014年、同院次世代高度医療推進センター(現新規医療研究推進センター)教授を経て、現職。著書に「発明楽」(薬事日報社)がある。