「使い分け」「後進育成」「低侵襲外科センター」 とりだい病院に3機種4台
手術支援ロボット勢ぞろい

取材・文 西村隆平 写真 中村治緑


ロボット支援手術とは、
医師がコンソールと呼ばれるモニターのついた
制御用のスペースからロボットの「アーム」を動かして 外科手術を行うことだ。
人間の手で行うのと違い、ブレがなく、
正確な手術が可能となる。
とりだい病院ではアメリカ製、日本製の
3機種のロボットを導入している。
これは日本国内で2023年8月時点で
3つの医療機関しかない。
とりだい病院でロボット手術の
最前線に立つ4人の医師に
この手術方式の「現在」と「未来」を訊いた。

手術支援ロボット勢ぞろい
泌尿器科講師
森實 修一
頭頸部外科教授
藤原 和典

通常の開腹手術と比べて
出血量が10分の1

鳥取大学医学部附属病院で、最初のロボット支援手術(以下、ロボット手術)が行われたのは2010年10月のことだ。同年8月に、アメリカのインテュイティブサージカル社の「ダ・ビンチ・サージカルシステム」を導入。1例目の術者となったのは、後にとりだい病院長となる、腎泌尿器学分野教授の武中篤である。

武中はコーネル大学の客員教授時代に、発祥の国アメリカでロボット手術を目の当たりにする。この術式がいずれ主流になると考えた武中は、ロボット手術を習得していた。そして帰国後、神戸大学を経てとりだい病院に赴任し、最初の症例に臨んだのだ。武中の部下にあたる、とりだい病院泌尿器科の講師、森實修一はこう振り返る。

「本当にそんなので手術できるのかって、最初は思っていました。でも実際にロボット手術を見学してみると、それまでの開腹手術と比べて出血量が10分の1くらいしか出ない。とにかく少なくて、それはすごく患者さんにメリットがあるなと思いました」

ロボット手術では患者の体に8~12ミリほどの小さな穴をあけ、そこから4本のアームに取り付けたカメラと手術鉗子を挿入する。ロボットを操作する術者は、手術台から少し離れたコンソールと呼ばれる操縦席に座り、立体的に映し出される3D画像を見ながらハンドルとペダルを操作して手術を行う。

開腹手術と比較すると傷口が小さく、侵襲が少ない。侵襲とは、〈生体内の恒常性を乱す可能性のある外部からの刺激〉を意味する。外傷や骨折だけではなく、手術や注射などの医療行為も、この「侵襲」のうちに含まれる。侵襲が少ない、つまり低侵襲に手術を行うことができれば、術後の経過にも関わってくる。疼痛や合併症のリスクが低減され、回復が早い。当然、入院期間も短く、日常生活への復帰も早くなる。

ロボット手術がいちはやく導入されたのは、森實が専門とする泌尿器科だった。

「前立腺というのは骨盤の一番底の臓器なので、開腹手術では奥深くて見えにくいし、周りにあるたくさんの血管を切断しないといけない」

前立腺とは、男性器の一部で膀胱の下、後部尿道を輪状にとりまく〝栗の実〟大の〝腺〟(生物の体内で特別な液を分泌する器官)のことだ。カメラで患部を鮮明に見ながら手術をできるロボット手術に向いていたのだ。泌尿器科ではロボット手術は定番となり、森實はこれまでにおよそ400例のロボット手術を執刀している。

とりだい病院では、ダ・ビンチに続き、2022年2月にメディカロイド社の国産手術支援ロボット「hinotori」(ヒノトリ)、そして2023年3月に、メドトロニック社の「Hugo」(ヒューゴ)を導入。現時点で、3機種4台(ダ・ビンチ2台)を揃えている。これは世界でも先駆けである。

どの機種も行える手術は基本的に同じで、疾患による使い分けは行われていないが、術者の実感としてはそれぞれに特徴があると森實は言う。

「ダ・ビンチは20年の歴史があるので、使い慣れているのもあって現時点での安定感は抜群です。hinotoriは日本製ということもあって、アームの動きが滑らかで、現場の医師の意見が届きやすくバージョンアップまでの対応が早い。Hugoのメーカーは、エネルギーデバイスという組織を焼きながら出血させずに切る機械を作っている会社なので、将来的にこの機種への実装が見込まれている。このままそれぞれに進化していけば、3年後、5年後には違いが出てくるかもしれません」



ミリ単位に拘って
「切除」が可能になる

前立腺と同じく骨盤内で他の臓器や神経・血管に囲まれていて、手術をするのが非常に難しいのが直腸である。

「すごく狭いところの細かい作業って、ロボットは得意なので。最初は直腸だったんですけど、1年前に結腸癌にも保険が通ったので、大腸は全部できるようになりました」

そう語るのは、大腸の専門医である消化器外科(第一外科診療科群)の山本学講師だ。

当初、山本はロボットを使わずとも、従来の内視鏡を使った腹腔鏡手術で十分ではないかと考えていたという。腹腔鏡手術とは、腹部にあけた小さな穴から、鉗子などを「手動」で操作する術式である。ところが、実際にロボット手術をやってみると印象が一転した。

「最初は機械に慣れるのがしんどかった。ただ、今まで見たことがないような視野を見られることに感動しました」

5例、10例やってみると、こちらの方が絶対にいいと思いました、と笑う。

まず視野の広さである。

「コンソールから高解像度の3Dビジョンでクリアに見えるので、これが非常に大きいです」

ロボット手術のカメラは術者自身で操作する。術者が「見たい場所」を「見たい角度」で見られるように、自分で動かすことができるのだ。また、ロボットのアームに付けられたカメラは、手で持つのと違って震えることがない。安定したクリアな画像で見られ、さらに10倍程度まで拡大することもできる。鉗子を曲げることで、直線的な動きしかできない腹腔鏡では出せない視野の広がりを出すこともできる。

そしてこの利点は、「手術」の手技にも共通する。

ロボットのアームには切る、焼く、縫い付ける機能の付いた金属器具――鉗子を取り付ける。当然このアームにも手ブレの抑制機能が付いているうえ、多関節アームで柔軟な動きができるため、腹腔鏡と比較してもより精細な手術をすることが可能になる。骨盤内の狭い部位の操作であっても、ミリ単位にまで拘って、切りたいところを切ることができるのだ。

「腫瘍学的にも、神経の損傷や合併症的にも、やっぱり本当はロボットが一番いいんだろうなと思います」

ただ、コンソールに入った術者には周囲の状況が見えない。そのため、患者のそばにいて手術をサポートするスタッフとの、マイクを使ったコミュニケーションが重要になってくる。術者と助手が手術内容を共有し、意図を理解していないと非常に危険な事態にもなりうる。近い距離でお互いの動きを見ながら行う従来の手術と比べ、より言葉を使ったコミュニケーションが必須になるのだ。



“ロボット”と〝手〟による
「ハイブリッド手術」で後進を育成

とりだい病院で3番目の機種となった「Hugo」を導入している日本の病院は、2023年8月時点ではまだ3施設だけである。Hugoの特徴は1本1本のアームが独立していることだ。この特徴を活かして、世界初となる「ハイブリッド子宮全摘手術」に挑戦したのが、女性診療科の講師、小松宏彰である。

「4本あるHugoのアームを2本だけ使って、従来の腹腔鏡手術とミックスして行う手術をやりました。カメラと助手の手をロボットに置き換えて、安定させたうえで腹腔鏡用のエネルギーデバイスを使用する」

すべてを腹腔鏡で行う場合と比べて、カメラの性能が優れているロボットを併用したハイブリッド手術の方が、操作ミスが圧倒的に減少し手術時間の短縮につながる。また、すべてをロボットで行うより医療コストを下げることができるメリットもあるという。

腹腔鏡や人の手で使う鉗子は、洗浄すればまた使えるものが多いが、ロボットの鉗子は使用回数が決まっていて何回でも使えるわけではない。ハイブリッド手術は医療廃棄物を減らしてコストを下げることができ、手術の精度をロボットに極めて近い状態に持っていけるというのが大きな特徴になる。そしてさらに重要なのが、後進の育成のための絶好の機会になるという点だ。

「ハイブリッド手術では私がロボットを操作しながら、腹腔鏡を操作する若い先生に指示を出すことができます。そうやって若い先生が腹腔鏡の経験を積むことができるし、ロボットとの距離を近くすることができるんです」

ロボット手術の課題の一つが、術者養成の難しさだ。機器は一台、約1~3億円。民間病院ではなかなか導入が難しい。またロボット手術の術者になるにはライセンスが必要であり、その取得には時間、金銭的負担がある。例え大学病院であっても、術者は年功序列になりがちで、若い医師が経験を積む機会は限られているのだ。

小松はそんな現状に強い危機感を抱きこう言う。

「実際、それが原因で手術に興味がなくなってしまい、若い医師が離れていくことが学会でも問題になっています」

だからこそ、Hugoを使ったハイブリッド手術には意味があると小松は語気を強くする。

「ロボット手術のハードルを少しでも下げて、ハイブリッドから入っていくというのは、いい教育方法につながる。アームの数を変えられるというのは、実は無限の可能性があるんです」



とりだい病院ではロボットは
〝取り合い〟から〝譲り合い〟へ

とりだい病院でこれらのロボット手術を束ねているのが、低侵襲外科センターだ。

2011年2月に当時の病院長だった北野博也の主導で設立され、初代センター長は、前病院長の原田省である。

この低侵襲外科センターを立ち上げるにあたって、北野は新たなガイドラインを作った。それは手術前に執刀医が〈最長手術時間〉と〈最大出血量〉を申告し、実際の手術においてこの数字を超えた段階で、チェック係の医師が手術停止の判断をするというものだ。そして、そのチェック係は執刀医とは別の診療科の医師が担当する。

これは当時、医療界の常識を覆す制度だった。

大学病院には、各教授が束ねる各診療科があり、それぞれが一つの商店のように独立している。同じ病院でありながら、他の診療科はライバル関係にあることも少なくない。そうした閉鎖性が、医療事故につながると北野は考えていた。低侵襲外科センターでは、ロボット手術という新しい技術を使って、その垣根を壊すことを意図したのだ。

今年の4月、6代目センター長に就任したのが、頭頸部外科長の藤原和典教授だ。

「センター長を、ロボット手術の分野ではマイナーな頭頸部外科の人がやっているところが、ちょっと面白いなと思っています。だからこそ、僕の使命としてロボット手術のマイナー科を充実させ、新しい診療科や術式を増やしていきたい」

そう語る藤原には、これまでに国内における頭頸部領域のロボット手術の保険適用を後押しして、安全な運用の普及に尽力してきた経緯がある。

「海外留学してロボット手術を学んで日本に持ち帰ったのですが、我々の領域ではその時まだ国内でやるところがない状態で。臨床研究から始めて、そのデータをもって厚生労働省に認可してもらう必要がありました」

「保険適用」とは公的な審査・承認を経て、健康保険からの給付の対象として認められることだ。保険が適用されなければ自費診療、つまり患者の負担が大きくなる。

ただし、臨床研究を行うには、当然お金も設備も必要になるし、なにより長い時間をかけなくてはいけない。

「薬事承認までに4年くらいかかり、保険適用まではさらに4年程度かかりました。失敗するリスクもある中で、とりだい病院はお金のことも安全面のことも、両面で病院をあげてどんどんサポートしてくれました。これはやっぱりすごいです」

センター長の重要な仕事の一つは、3機種4台のロボットを隙間なく有効活用する、交通整理である。これまで診療科によっては使いたくてもロボットの枠が回ってこないという問題があったという。Hugoの導入によって台数が増えたのを機に、より柔軟に手術枠の調整ができるシステムに変更した。

「せっかくこれだけ診療科の垣根が低くて仲がいいので、〝取り合い〟から〝譲り合い〟のシステムに切り替えさせてもらいました。取り合っていたら、新しいことは始められないので」

ロボット手術を始めた当初は、全国的にもまだほとんど先例がなく、批判的なことを言われることもあった。しかし、歴代センター長を含めたとりだい病院の関係者たちは、いずれは必ず評価され、主流になると信じてやってきた。そういうことをしていかないと、とりだいのような地方大学が全国でイニシアチブを取ることはできないのだ、と。そして国内でトップレベルのロボット設備と運用システムが揃っている現在、これからは診療だけで終わらせず、その環境を新しい医療機器の開発や後進の教育にも活用していこうとしている。

「とりだい病院低侵襲外科センターが、とりだいの人間だけではなくいろんな人がここを使って、日本として大きくなってもらえるようなものになればいいと思っています」

ロボット手術を核とした「臨床」「教育」「研究開発」を実践し、とりだい病院は日本中でロボット手術が安全にできるためのオピニオンリーダーを目指していくのだ。

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