本は命の泉である
とりだい「人生を変えた一冊」
「 わかったと思うな-中部銀次郎ラストメッセージ」
中部銀次郎 著

文・村田紗也加 写真・中村 治


人生を変えた一冊
©︎中村 治



臨床心理士
古瀬 弘訓

この本の著者、中部銀次郎のことはゴルフを嗜んでおられる方ならば、ご存じだろう。1960年代に、プロよりも強いアマチュアと称された伝説のゴルファーである。この『わかったと思うな-中部銀次郎ラストメッセージ』はゴルフの指南書ではない。その象徴が、ゴルフの上達に必要なのは〈心の鍛錬、これに尽きると思う〉という一文である。

脳神経内科、脳神経外科、脳神経小児科、精神科の4科から依頼された患者のカウンセリングと心理検査を行う臨床心理士・古瀬弘訓は中学生の頃にスクールカウンセラーとの出会いから不登校に関心を持ち、高校に進学する頃には将来の夢として臨床心理士を志した。その後、スクールカウンセラーとして教育現場での勤務を経て、現在の脳とこころの医療センターへ入職した。

カウンセリングは治療の一つだが、“完治する”という明確な境目が曖昧である。患者の悩みを軽減し、その生活を楽しいものにすることを目指すため、“治る・治らない”とは別次元の考え方が必要だと古瀬は言う。患者の話を聴く中で、ときに強い怒りを向けられ心が揺さぶられることもある。自らの気持ちをコントロールする難しさを感じていたとき、同じ職場に勤務するゴルフ好きの先輩心理士からこの本を薦められたのだ。彼女は、ゴルフに疎い古瀬のため、専門用語に付箋を貼り、本の内容を仕事に置き換えて解説してくれた。

その中には古瀬の心に突き刺さる言葉があった。例えば〈物事をうまく運ぶためには心の振れ幅をコントロールし、ゆとりのある方が良い〉である。カウンセリングでは自分の心持ち次第で周囲の状況が変化する。

「本を開いてそういう言葉を目にするだけでも、揺れ動いた心にはなんか効くような気がして」

タイトルである『わかったと思うな』も、古瀬の感覚と合致した。患者の状態がすごく良くなったと思ってカウンセリングを終えると、全く良くなっていないことがある。これまで上手くいったと自信をもって言えることは少なく、これで良かったのか、別の方法があったんじゃないか、といつも自問自答してきたのだ。

ある時、不登校の子どものカウンセリングを担当したことがあった。結果的にその子どもは学校へ行けるようになった。嬉しい反面、ここでも古瀬は思い悩んだ。

「僕が辿らせたプロセスが本当に良かったのか。別の道を選択していればもっと早く学校へ行けたかもしれない。治療的にはうまくいったように見えても、患者さんの抱えている思いすべてにまでは手が出せなくて。学校へ行くことだけがすべてだったのか、それは今でもわかりません」

これからも幾度となく訪れる心のピンチのたび、古瀬はこの本を開き、そして自分を立て直しながらまた新たな気持ちで患者に向き合うだろう。