フォトルポタージュ 病院×神楽
写真家・中村 治が映画『高津川』の「左鐙社中」公演を熱写



病院は「社会的共通資本」であるという原田 省病院長の考えで、
とりだい病院は数々の文化発信を行なっている。
2022年春、外来入口横に新設された「ゲストハウス棟」の
多目的ホールでは、映画上映、コンサートなどを開催している。
この秋、とりだい病院にやって来たのは石見神楽の「左鐙社中」。
神楽とは、神を祭るために奏する歌舞のことだ。
錦織良成監督の映画『高津川』の舞台となった
島根県津和野町の左鐙社中にとっては鳥取県初公演。
病院での神楽公演は日本初、いや世界初だろう。
「さがみはら写真新人奨励賞」受賞の気鋭の写真家が
この公演に密着取材した。

左鐙社中は、2トントラックに公演の道具を満載にし、早朝から片道250キロの道のりを、4時間半かけてとりだい病院へやって来た。彼らのホームタウン津和野市左鐙町は、山陰地方の東端、日本海沿いの益田市から南へ約30キロ。錦織良成監督の映画『高津川』の舞台となった清流が流れる山間部である。映画をご覧になった方には、廃校になった小学校がある村、と言えばお分かりになるだろう。彼ら、彼女たちも映画に登場、映画の中の神楽練習場は、彼らが日々使用している稽古場である。

明治の初期までは、神楽は神主などの神職が舞っていたという。神職への神楽禁止令により、日本全国どの地域も村人に神楽が継承されるようになった。左鐙社中の方々も、普段は会社や役場などに勤めながら、週一度の練習の他、週に一度の子ども神楽への指導、週末の各地での公演を行なっている。

この日、子ども神楽、そして付き添いの親御さんを含めた総勢25名は、病院の多目的ホールに着くやいなや、慌ただしく準備を始めた。誰が指示することもなく、全員がそれぞれの役割を見つけ、自然と連携して動く手際の良さに、ぼくは圧倒された。そして2時間後、ホールはあっという間に、神楽の公演会場へと変貌した。

まずは満員のホールにお囃子の太鼓が打ち鳴らされ、神を迎え場を清めるための舞である『塩祓』。続く『塵輪』では、ダイナミックで緩急をつけた演舞、そして『恵比須』では恵比須様の滑稽な動きと、腰につけた籠からお菓子が撒き降らされた。会場の子どもたちは大喜びである。

場内の温度が一段高くなったかと錯覚したのは『天神』だった。子ども神楽――中学生たちの、目にも止まらない速さとキレのある演舞に目を見張った。彼らは映画『高津川』にも登場している。映画の最後で舞った小学生2人がこんなに大きくなったのだ。最後の『大蛇』では、6頭の大蛇が演台のない舞台を縦横無尽に這い回り、その胴体が客の足元まで迫った。終演後、止まらない拍手に観客の興奮と感動が強く込められていた。感動で涙ぐんでいるお客さんもいたほどだ。

映画と同じように少子化により左鐙の小学校は廃校となった。しかし、昨年、保育園の園舎が新築された。多くの若い夫婦が左鐙に戻り始めたのだ。いずれ小学校が再開される可能性もある。故郷に戻る理由のひとつに、また神楽を地元でやりたいから、という若者も多いと聞いた。神楽をはじめとした伝統文化は、少子化を食い止め、地域を活性化させる鍵となるかもしれない。いつの日か左鐙で小学校が開校されたとき、記念式典では、左鐙社中が晴れやかに舞っていることだろう。

写真家 中村 治