腎機能は低下してもなかなか気がつきにくい。
そして、厄介なのは腎臓は一度悪くなると、回復することがない—「不可逆性」の臓器であることだ。
2022年、地域の方々の腎臓を守るため、とりだい病院に「腎センター」が立ち上がっている。
その背景、理由を取材した。
腎臓は肝臓とともに沈黙の臓器と呼ばれる。その機能が著しく低下し、症状が進んでからしか気がつかない。医師にかかったときはすでに末期症状に入っていることが多いという意味だ。
「私たちは普段当たり前のようにご飯を食べて、飲み物を口にしています。その中から腎臓で身体に必要な物質は残して、不要な物質は捨てる。腎臓はフィルターのようなもの。正常に機能しなくなると、身体の中に毒が溜まっていくと考えてください」
隠れていますけど、非常に大事な臓器なのですと語るのは鳥取大学医学部附属病院、第二内科診療科群・腎臓内科長の高田知朗である。
腎臓は腰の上部の背中側に位置する。背骨を挟んで左右に一つずつ、握りこぶしより一回り大きく、そら豆のような形をしている。心臓から送り出される血液の約4分の1が腎臓に流れ込む。血液は「糸球体」でろ過されて、「原尿」となる。糸球体は毛細血管の塊である。糸球体を包む「ボウマン嚢」が原尿を集めて「尿細管」に送る。「尿細管」は原尿を通す際、必要な水分や栄養を再吸収する。身体に水分が足りないときは多めに吸収するといった具合だ。残りは老廃物として排出。この糸球体とボウマン嚢、尿細管を合わせて「ネフロン」と呼ぶ。
人間は腎臓一つあたり約100万個、計200万個のネフロンを持って生まれてくる。
「加齢あるいは糖尿病や高血圧などが原因で糸球体が詰まってしまい、数が減っていきます」
現時点でネフロンの残存数を計測することは不可能である。高田によると人によって差異があり、生まれつき少ない場合もあるという。その場合は残っているネフロンに負荷がかかっていることになる。
このネフロンの特徴は〝不可逆性〟であることだ。減ってしまえば、元に戻ることはない。長生きすればするほど、腎臓の機能は確実に落ちていく。我々ができることは、その下りを緩やかにすることだけだ。
「腎臓に負担をかける要因としては、まず塩分の取り過ぎ。日本人の塩分摂取量は1日10グラム(男性11グラム、女性9グラム)とされていますが、腎臓の病気の方には6グラム以内と指導しています。タンパク質の摂り過ぎにも気をつけなければなりません。タンパク質は、ろ過されるとき、ネフロンに負荷をかけてしまう。若い人は問題ないんですが、腎臓の悪い高齢者が(サプリとして)プロテインを摂っていると注意が必要。大切なのは水分を多く摂ること。エアコンの効いた部屋は非常に乾燥しており、水分が不足しがちになります。脱水状態になると血液が濃くなって、腎臓への流れが悪くなってしまうんです」
体重によって必要な水分量は変わってくるが、1日2リットル以上が一つの目安となるという。
腎臓は沈黙の臓器ではあるが機能低下の兆候はある。むくみ、急激な体重増だ。
「靴下の跡がつきやすい、足のすねの部分をぐっと指で押して、跡が残ったら、注意が必要です。食生活に大きな変化がないにも関わらず、1ヶ月で1キロ、2キロ増えていたら、体内に水が溜まっている可能性もあります」
医療現場ではeGFR(推定糸球体濾過量)という数値が使用される。これは1分間あたり糸球体でろ過される血液量のことだ。年齢と血清クレアチニン値から算出する。
「正常値は100。そこから下がっていきます。患者さんには100点満点で自分が何点かと考えてくださいとお話ししています。慢性腎臓病と呼ばれるのがだいたい60以下です」
30を切ると尿毒症の症状が現れる。15未満は「末期腎不全」に区分され、透析療法、あるいは腎臓移植の準備に入る。
透析療法は、人工透析とも呼ばれる。血管に機器をつないで、腎臓の代替とするのだ。大量の水を必要とする人工透析の機器はかさばり、1回あたり4時間ほどかかる。患者にとって大きな負担だ。
表:慢性腎臓病の重症度分類GFR値と尿蛋白の程度によって分類。緑は正常。黄、オレンジ、赤の順に腎不全、心血管死の危険が高まる
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018より改変
とりだい病院では腎臓には、2つの科が関わっている。一つは高田の腎臓内科、もう一つは泌尿器科である。
「腎臓内科は腎臓のスペシャリストで、基本的に腎不全になるまでを担当、移植に関しては外科手術が必要になるので泌尿器科が担当していると考えてください」
そう説明するのは、とりだい病院泌尿器科、腎センター長でもある引田克弥である。
「透析(療法)より腎移植された方が、生命予後(病気の経過が命に与える影響)がいい。食事や水分制限なども緩やかですし、生活の質が上がります。可能であれば、移植の方が望ましい」
可能であれば、と引田が言うのは、現在、透析を受けている患者は日本全国に約34万人いるのに対し、腎臓移植は年間2000例強に留まっているからだ。
腎臓移植には、亡くなった方の腎臓を使用する献腎移植と、患者の親族の腎臓を使用する生体腎移植の2種類がある。
「本来は亡くなった方から提供を頂くというのが望ましい。生体腎移植は健康な方の腎臓を片方取ることになります。そのため、どうしても提供してくださった方の腎機能が悪くなります。日本では腎臓だけでなく他の臓器も含めて提供してくださる脳死、あるいは心停止のドナーの方の数が少ない。そのため、献腎移植をご希望されても、かなりの待機期間があり、すぐに移植を行えないのが現状です」
心臓が止まり、血液が流れなくなれば腎臓の組織は壊死する。心臓マッサージ、カテーテルで体内に還流液を注入しながらの移植手術となり、時間的、技術的な難度は高い。日本において献腎移植の割合は約1〜2割程度。残りは生体腎移植である。
生体腎移植のドナーの基本的条件として、提供希望の方の腎機能が良いことや、治癒していないがんが無いこと、活動性の感染症が無いこと等に加え、「6親等以内の血族、配偶者」
「3親等以内の姻族」であること等がある。さらに第三者による自己意思による提供であることの確認、年齢制限もある。
「血液型が違ってもさまざまな術前処置を行うことで、現在大きな問題にならないことが多くなっています。(移植手術のうち)約半数の方が血液型の違うドナー。ドナーの腎機能が問題なく、感染症に感染していないこと、そしてHLA(ヒト白血球抗原)の組み合わせが極端に悪くなければ移植可能となることが多いです」
移植を受ける側にも条件がある。
「感染症がないこと、がんに罹患していないこと。移植の際、拒絶反応を防ぐために免疫を抑えなければならない。もしがんに罹っていると一気に広がってしまうんです。とりだい病院の場合ならば、胃がん、肺がん、肝臓がん、腎がん、大腸がん、膀胱がんがないか。また女性ならば子宮がん、卵巣がん、男性ならば前立腺がんなどすべて調べます。また、眼科や耳鼻科、歯科でも検査します。透析治療を受けている患者さんは、動脈硬化が起きていることもあります。心臓の機能も含めて手術に耐えられるかどうかもチェックしなければならない」
どんなに詰め込んでも、2、3ヶ月はかかりますねと引田は付け加えた。
慎重に、そして用意周到な準備が必要なのは、絶対に安全に終わらせなければならないからだと強調する。
「透析治療を続けていれば、すぐに亡くなってしまうということはない。長期的には生命予後が伸びますが、それ以外にも移植手術は患者さんの生活の質を高めることが大きな目的とも言えます。そのためレシピエント(移植を受けられる方)、ドナー双方に不利益を与えることがあっては絶対にならないんです」
移植手術は、まずドナーの身体から腹腔鏡などを使って腎臓を摘出する。摘出に要する時間は約2時間。同時に、受け入れる患者を開腹状態として移植場所を確保する(通常は患者側の腎臓は摘出しない)。ドナーから摘出した腎臓と患者の血管をつなぎ、血流を再開させる。尿が出ることを確認すれば成功である。
「数は多くないですが、ある程度定型化された手術。ただ、医師、看護師、スタッフなどチームでの対応が必要になります」
2022年4月、とりだい病院外来棟2階に腎センターが立ち上がっている。主導したのは、引田の上司、泌尿器科教授で副病院長でもある武中篤である。
「腎センターの目的の一つは、腎疾患の予防、そして早期に(医療)介入をして末期腎不全まで至らないようにすること。しかし、腎臓病というのは現状維持が最良。加齢とともにだんだん悪くなっていくので、現状に留めるのも難しい。末期腎不全になれば、腎センターで、透析治療、そして腎臓移植をやっていかなくてはならない」
医療には〝属人性〟が高い分野がある。特定の医師の力によるところが大きく、その人間がいなくなれば、その病院での対応件数は一気に消滅する。山陰地区において、腎臓移植はまさにそうした分野である。
武中には、この地域の医療をとりだい病院が支えなければならないという義務感がある。
「2020年のデータですが、10万人あたりの医師数が鳥取県は338・1人で全国第4位でした。この数字だけ取り上げると医療が充実しているように見えます。でも人口が少ないから医師の絶対数は少ない。人口がたくさんいる都道府県だと、一人のできる医師が欠けても替わりはたくさんいるんです。ところが人口の少ない県は違います。特に腎臓のようなスペシャルな分野においては、一人が欠けると、同様の力のある医師はいないということになりがちなんです。鳥取県だけではなく、地方はどこも同じ問題を抱えています」
大学病院の本分は、地域の人々に高度医療を継続的に提供することだと武中は考えている。新型コロナウイルスという影響もあったにしろ、腎センターを立ち上げる前の2年間で、とりだい病院での腎臓移植は2件のみ。彼の背中を押したのは、地元の腎臓病患者たちの会からの、どこの病院に相談したらいいのか分からないという声だった。
「何かの病気になって、わざわざ都市の病院に行かなくてはならないという状態では、地域の人が安心できない。特定機能病院が高度医療を提供することは当然です。加えて継続するには、人材育成が不可欠。医学部がある大学病院がやるしかないんです」
武中の念頭にあったのは、2011年2月に元病院長の北野博也が立ち上げた、とりだい病院の「低侵襲外科センター」である。低侵襲外科センターには、ロボット支援手術を行うすべての外科分野を集めた。各科横断の組織とすることで、大学病院の宿痾ともいえる各診療科の壁、平たく言えば〝縄張り意識〟を溶かし、病院全体を活性化させた。低侵襲外科センターは現在、2種類の手術支援ロボットを稼働、今後も新機種を導入し、とりだい病院のロボット支援手術をさらに全国屈指のレベルに高めていく予定だ。
もともと、とりだい病院は各診療科の垣根が低い。しかし、全くないわけでない。特に内科と外科はかなり肌合いが違う。腎センターによって、腎臓内科と外科系である泌尿器科の交流が活発になるだろう、それが病院、そして患者の利益になるはずだ。と武中は考えたのだ。
引田はこう言う。
「(移植を担当する)泌尿器科は患者さんがどんなふうに腎臓が悪くなったかという過程を詳しく知らないことが多かった。腎センターができたことで、腎臓内科ともカンファレンス(会議)を定期的に行うようになって、患者さんのことをもっと知ることができるようになった。我々も(腎臓内科の管轄である)透析室に気軽に出入りして、意見交換したり、移植した患者さんを腎臓内科の先生と一緒に回診しています」
ちょっとしたことでも相談できるようになって助かっていますと笑った。
2022年の腎臓移植は3件、腎センターはまだよちよち歩きの状態である。まだまだ、これから。ただ、地域の腎臓を守るという彼らの目線はあくまで高い。