本は命の泉である
とりだい「人生を変えた一冊」
「 親が死ぬまでにしたい55のこと」
親孝行実行委員会/編

文・中原 由依子


人生を変えた一冊
©︎中村 治



薬剤部
森木 邦明

とりだい病院の1階に薬剤部がある。そこで医薬品情報の管理を任されているのが森木邦明だ。医薬品の情報を収集して院内に情報提供し、電子カルテシステムを活用して院内で薬が適正に使用できる仕組みを管理している。真面目で温厚—周囲の仲間は、彼のことをそう評す。そんな彼が紹介した本は『親が死ぬまでにしたい55のこと』だった。

この本は、日本人の“親子”としての人生に着目したものだ。長寿世界一を誇る日本人は、親としての人生も長い。しかし進学や就職、あるいは結婚を機に子どもは親元を離れ、そのまま別々に暮らすことも多く、親子が一緒に過ごせる時間は意外と短い。そして、いつかは訪れる親の死に向き合わないままに過ごしてしまえば、〈親孝行したいときには親はなし〉となる。そんな後悔をしないために、限られた時間の中でしておきたい55の親孝行エピソードが紹介されている。

森木がこの本に出会ったのは2010年。普段から書店に通う彼は、その日も積まれている本をいろいろ見て回っていた。なぜかこの本のタイトルに目が止まり手に取った。前年に第一子が生まれており、「自分も親という同じ立場になったからなのか、親のことを思い返してみようと思ったんです」と静かに話した。

森木の父は大学病院の臨床検査技師、母は小学校の養護教諭だった。父は土日でも職場に行くことがあり、彼もよくついて行った。そして、側でお絵描きや漫画を読みながら、仕事に向き合う父の姿を見ていた。明るい母は自分の子どもだけでなく、児童や地域の人たちにいつも優しく接していた。今と比較して子育ての環境が整っていない中、仕事との両立はとても大変だっただろう。それをおくびにも出さず、子どもたちのやりたいこと、好きな道を進ませてくれた。

本を読み終えると、親から惜しみない愛情を受けて育ったことに気がつき、また両親の思考や行動、仕事に対する姿勢が知らず知らずのうちに自分に引き継がれていると思った。

現在、森木は両親と離れて暮らしている。会いに行くのは元々「盆と正月だけ」であり、その回数は年々減ってきているという。自分も親にできることはないかと本の中のいくつかの試みを行動に移した。

「照れもあって、やれたことは、親を旅行に連れて行く、家族揃っての記念写真を撮る、親を人間ドックに招待する、でした」

中学生の頃、母親が入院し手術をしたことがあった。胃潰瘍であると聞かされていたが、とりだい病院に勤め、さまざまな病気の患者さんの治療に薬剤師として関わるうちに、あの時の母親の病気は胃がんではなかったのかと思うようになった。当時はがん告知の義務はなかった。母親自身も知らず父親の胸の中で留めたのか、もしくは自分ら兄妹に心配をかけないように知らせなかったのか。いずれにせよ、病気を乗り越えて自分たちを育ててくれた両親へ、感謝とこれからも健康が続くことを願って、3人の兄妹が費用を出して人間ドックを提案したのだった。

「結果は異常なし。本当に良かったです」と彼は笑う。

本には他にも20代~40代の人が書いた親への想いが写真とともに綴られている。確かに親と過ごす時間は限られている。と同時に我が子との時間も有限である。

「今度は自分が子どもに対し、“親の背中”を感じてもらえるよう、見られて恥ずかしくない生き方をしていこうと改めて思いました」

先日、森木は家系図を作ってみようか、と両親に提案した。この本をきっかけに、「親子」としての人生を有意義なものにしようと試行錯誤中である。