近年の医療のキーワードの一つは「低侵襲」である。
柔らかい細い管を体内に挿入して、治療を行う「カテーテル」はその一つとされている。
ただ、カテーテルという言葉は聞いたことがあるが、実際にはどのようなことを行うのか、
きちんと把握している方は多くない。患者に優しい「夢」の技術の最前線をとりだい病院の医師に聞いてみた。
「治療」は、大きく「内科」と「外科」の二つに分けられる。この二つを別つのは、メスなどを使って患部を切除するという「外科的」手術を行うかどうか、だ。その中で、カテーテルを使用した治療は両者が重なっている部分にあたる。
そもそもカテーテルとは何か。
医療現場では、直径数ミリの細さの柔らかい管のことをまとめてカテーテルと称している。この“長いストローのような機器”で、心臓や脳などの疾患に対応するのが「カテーテル治療」である。
カテーテル治療で発達している分野の一つが、心臓に関する疾患である。「その中でも治療が確立されているのは経皮的冠動脈形成術(PCI)というカテーテル治療です」と話すのは、鳥取大学医学部附属病院循環器内科の渡部友視助教だ。
渡部が専門とする虚血性心疾患は、心筋——心臓の壁を構成する筋肉——に栄養を供給する冠動脈が狭くなったり詰まったりすることで血流が途絶えてしまう病気だ。心筋が壊死すると、胸の痛みや重苦しさ・冷や汗・吐気・胃の痛み・肩の痛みやこり・歯の痛みなどの症状が現れる。現在、虚血性心疾患は日本人の死亡原因の上位に入っている。
「道路に例えれば交通渋滞・通行止めの状態です。交通渋滞に対しては、渋滞箇所の整備・拡張工事や迂回路を造る道路工事がなされますよね。冠動脈も原理は同じです」
虚血性心疾患の治療には幾つか選択肢がある。
症状が軽い場合は薬物療法で対処することもある。しかし、症状を和らげる、あるいは消すための治療で、根本治療ではない。
次が、冠動脈バイパス手術という外科的治療だ。
冠動脈バイパス手術は、交通渋滞・通行止めとなっている箇所に、迂回路を造る手術である。狭くなったり詰まったりした血管の代わりに、体内にあるほかの血管を冠動脈に繋いで血液の新しい通り道を作る。患者さんには全身麻酔を行い、胸の真ん中を大きく切り開き治療を行う。外科手術を行う場合、メリットとデメリットを慎重に斟酌しなければならない。
そして三つ目の選択肢が、「低侵襲」なカテーテル治療である。
侵襲とは、生体内の恒常性を乱す可能性のある外部からの刺激の意だ。患者さんの身体に傷を付けるメスなどの切開を減らすことが低侵襲になる。身体に小さな穴を空けて手術を行うロボット支援手術、そして、カテーテル治療が含まれる。
虚血性心疾患では検査からカテーテルを使用する。
まずは手首に局部麻酔を行い、専用針で血管に穴を開ける。この血管内に「挿入シース」という「管」を使って穴を広げるのだ。そしてこのシースから直径約2㎜、長さ130㎝前後のカテーテルとガイドワイヤーを血管の中に通していく。
「心臓の血管までカテーテルを使って、造影剤というレントゲンに映る薬剤を流しながらレントゲン撮影を行います。すると、正常な血管は太く、狭い血管は狭く、詰まっている血管は詰まって映しだされます」
そして、〝交通渋滞・通行止め〟となっている血管に、カテーテルが血管というトンネルを伝って「ステント」という筒状の金属を送り込む。このステントが血管を拡張し、血流を改善させるのだ。
これを、経皮的冠動脈形成術(PCI)という。
患者さんは局所麻酔にもかかわらずほとんど痛みを感じない。また、カテーテルを挿入した傷口は一週間程度でほとんど傷跡も残らなくなるという。
カテーテル治療は「脳」の分野、脳神経外科でも多用されている。
「我々の場合、ほとんどのカテーテル治療の手術対象は脳卒中」であると語るのは、鳥取大学医学部附属病院脳神経外科の坂本誠准教授だ。脳卒中とは脳梗塞、脳出血、くも膜下出血という脳の血管が詰まったり破れたりする病気である。
脳梗塞を発症して、酸素や栄養が届かなくなると、脳内の組織が壊死する。一刻も早い治療が必要となる。
脳梗塞では、強い血栓溶解薬を1時間かけて静脈内に注射し、動脈内に詰まっている血栓を溶かして血流を再開させる「rt-PA血栓溶解療法」という治療法が主流だった。ただし、この治療法では、脳出血が生じて症状が悪化する危険性もあり、血流の再開通率は約3割から5割程度であるという。また、発症してから4、5時間以内に治療を開始しなければならないなどの条件がある。
そこでrt-PA血栓溶解療法によって症状の改善が認められない場合など、カテーテルを用いた「血栓回収療法」という治療が行われる。
この治療でも「ステント」が使用される。この場合のステントは、網のような機器だ。詰まった血栓を「地引き網」のようにからめ取るのだ。
この血栓回収療法の血流の再開通率は約9割。近年の国際的な研究により従来の血栓溶解療法よりも、カテーテル治療を行なった場合のほうが、良好な治療結果が得られることも明らかとなった。
ただし、である——。
「脳梗塞の場合は早期の治療が重要。該当する患者さんすべてに対応するためには、病院としてのマンパワーが必要になる」(坂本)
現在、鳥取大学医学部附属病院の脳神経外科には、血管内治療の専門医が坂本を含め3名在籍、24時間365日対応している。
脳の血管は数が多く、細い。少しでも血管を詰まらせてしまえば、手足が動かなくなることもある。手技で血管を詰まらせることは絶対に許されない。頭の中の血管は、脳の隙間を通っており、容易に傷つけてしまう恐れがある。そのため、カテーテル治療には、経験と繊細な技術と知識が必要なのだ。
「カテーテル治療は成功すれば、低侵襲で良い治療結果を残すことができるが、成功させるためには技術が必要。トレーニングが必須になってくる」
脳神経外科では、くも膜下出血の原因でもある脳動脈瘤の治療でもカテーテルが使用されている。
とはいえ、まだ技術的な面から脳神経外科分野でカテーテル治療は発展途上であると坂本は考えている。
「今まで治療できなかった患者さんに、治療できる選択肢が増えていく。現在進行形で改良改善が行われている領域だと思います」
現在進行形というのは、前出の心臓分野でも同様である。
経皮的冠動脈形成術以外でも、前号、カニジル10号の「鳥大の人々」で取り上げたように「経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)」でカテーテルが使用される。
TAVIでは、太ももの付け根を小さく切開し血管にカテーテルを通し、小さく折りたたんだ人工弁(生体弁)を挿入する。それぞれの患者さんの状態に適した治療を選択すべきであると、心臓血管外科の大野原岳史助教は釘を刺す。
「TAVIは2013年に保険適用された比較的新しい治療法。条件を満たした施設のみ実施が許可されています。まだ長期的な治療成績が明らかになっていないんです」
心臓・脳以外の分野では、胸、腹、骨盤、手足、骨などでは、放射線科でカテーテル治療が行われている。
「治療と言えば、薬で治療する、あるいは外科的手術で治療するということを思い浮かべますが、カテーテル治療は小手術に該当するもう一つの選択肢だと言えます」と言うのは、鳥取大学医学部附属病院放射線科、矢田晋作講師だ。
矢田はIVR(Interventional Radiology)を専門とする。
IVRとは、レントゲンやCT、超音波などの医療用画像を見ながら、針やカテーテルを使って行う検査や治療を指す。
「これまで保険が適応されていなかったカテーテル治療が、最近になり次々に保険内で治療ができるようになり、多くの施設で施行可能になっています」
その一つが、子宮筋腫に行われる子宮動脈塞栓術である。
30代から40代の人に多く、40代では3、4人に1人が子宮に筋腫があると言われている。
子宮筋腫は手術して切除することが最善とは限らない。子宮動脈塞栓術はカテーテルを足の付け根の動脈から挿入し、子宮動脈をふさいで筋腫への血流を止める治療だ。筋腫への栄養が届かなくなるため、症状の改善が期待できる。
「手術を望まない人や、持病などにより手術ができない人には子宮動脈塞栓術という選択肢が増えたことになります。IVRは、外科手術に耐えられる体力がない方、臓器の機能が弱っている方、年齢などで外科手術を避けたいと考えられている方に適しています」
ただ、それだけではないんですと、矢田は続ける。
「外科的手術をしたくない、できない患者さんのみではなく、IVRを使った治療が第一選択肢になる疾患もあるんです」
信頼できる担当医と様々な可能性を相談すること。分からないことはきちんと聞くこと。選択肢が増えたがゆえに、患者も賢くならなくてはならないのだ。