鳥大の人々
副病院長・第一内科診療科群 主任診療科長 山本 一博
頭に浮かんでくるのは期待に応えることができなかった患者さんの顔

写真・中村 治


山本の専門である「循環器内科」は「心臓血管外科」とともに生死に直結する臓器——心臓を扱う。心臓治療では、かつては明確に区別されていた内科と外科の区別が曖昧になりつつある。そして、医師以外の多職種の協力が必須だ。診療科、そして職種の垣根を越えた「チーム医療」が最も必要な分野とも言える。


鳥取大学医学部附属病院第一内科診療科群、主任診療科長である山本一博が、自らの進む道を循環器内科と決めたのは、大阪大学医学部の2年生のときだった。きっかけは高校時代の同級生が心臓弁膜症手術を受けたことだった。

心臓は体内に血液を循環させるポンプ、と表現される。血液は心臓から押し出され、肺で受け取った酸素を全身に届けて再び、心臓に戻る。血液が間違った方向に流れないように、心臓には4つの〝弁〟がある。その弁が何らかの問題を抱えて本来の役割を果たせない症状を「心臓弁膜症」と呼ぶ。

「胸を開けて心臓を手術すると聞くと当然不安になりますよね。当時は手術による合併症の危険性が高く、今と比べると死亡率も高かった。そこで医学部に通っているぼくに色々と聞いてきたんです。ところが、最初の2年間はほぼ教養課程で全然医学的な勉強はしていないから、何も知らない。それでもなんとか力になりたいと思って調べているうちに、面白そうだと思ったんです」

今となっては自分の教えたことは、彼の質問への答えになっていたかどうか分かりませんけれど、と笑う。幸い、友人の手術は成功した。

そもそも「循環器内科」という単語を耳にしたことはあっても、正確に定義できる人間は医療関係者、当該患者以外では稀だろう。

循環器とは栄養物や酸素などを体内に運ぶ、そして体内から老廃物を集めてくる器官だ。心臓の他、血管、リンパ節、リンパ管が含まれる。循環器内科ではこれらの器官——主として心臓を扱う。

少々ややこしいのは心臓や血管の名前のつく診療科に「心臓血管外科」があることだ。

「病院によっては循環器内科を心臓内科と呼んでいるところもあります。学会が循環器という言葉を使っているので循環器内科を使うところが多い。不思議と心臓血管外科は循環器外科とは呼ばない。ともかく心臓を扱う診療科は循環器内科と心臓血管外科の2つだけです」

内科は基本的に薬剤投与による治療、外科はメスなどを使った手術で治療すると区別されてきた。近年、特に心臓に関してこの区分が曖昧になりつつあると山本は言う。キーワードは「低侵襲」である。

開胸手術を行うと身体への負担——侵襲が大きい。侵襲を減らせば、手術後の回復も早く、社会復帰が容易になる。代表的な低侵襲治療が、ロボット支援手術、そしてカテーテル手術である。カテーテルは〈体内に挿入し、液を注入、排出するための管〉の意である。医学の現場でカテーテル手術は、血管を伝って器具を患部まで運ぶ治療を指す。

「ぼくが大学を卒業する頃、カテーテル(の管)が太かったせいか、まだ外科もやっていたんです。それがだんだん細くなり今では内科がやることが多くなったという歴史があります」

医療に通じていない人間にとってカテーテル手術は魔法のように映る。

まずは手首か太ももの付け根に局部麻酔を行い、専用針で血管に穴を開ける。この血管内に「挿入シース」という「管」を使って穴を広げる。医師はレントゲン映像を見ながらこの穴から、細く柔らかい針金状のガイドワイヤーを患部まで入れる。その後、ガイドワイヤーに沿わせてカテーテルを運ぶのだ。

例をあげると、心臓治療では経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)というカテーテル手術がある。

「人工弁を大動脈弁のところに置いてくる手術です。カテーテルを使えば、心臓を止めて胸を開けなくていい」

近年、医療の世界では「チーム」という言葉が多用される。循環器内科と心臓血管外科を合わせた「ハートチーム」もその一つである。とりだい病院のハートチームではTAVIは心臓血管外科が主導している。

「他のカテーテル手術のように、いずれ(TAVIも)内科医が中心にやっていくことになるかもしれない。カテーテルを使っていろんな治療ができるようになっています。将来は外科と内科の垣根がさらに不明瞭になっていくでしょうね」

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