古くは漫画「ブラックジャック」から、医療はエンターテイメント作品に度々取りあげられてきた。ただし、どこまで現実なのか、と気になることも多いだろう。そこで医療の最前線で活躍する医師が、リアルで面白い!と太鼓判を押す医療作品をご紹介。医療人ならではの視点で魅力を語ります。
医師として忘れてはならない原点に気づかせてくれた作品
映画にもなった人気作品。内科医や社会の抱えている問題が医師から見て、リアルに描かれているのだという。
「作品を描くには地味になりがちな『内科』の領域を扱いながらも、主人公の日々の葛藤や患者さんとのふれあいが生き生きと描写されているのが非常に印象深いです」
主人公は、信州にある「24時間、365日対応」の病院で働く内科医。常に医師不足で、睡眠を3日取れないことも日常茶飯事という日々を送っている。
「作者が医師ということもあり、医学的な知識や医療業界の描き方にとてもリアリティがあります。特に冒頭、医師の『多忙さ』の描写がリアル。作者の実体験なのかな?と思いました。山陰地域では、これほどではありませんが、主人公と研修医が2人で夜中じゅうずっと患者さんを診るシーンなんかもリアルだなと感じました。医師の『働き方』が話題になっている昨今、今更ながらタイムリーだなと思います」
阪本助教が気に入っているのは、ありがちな「凄腕のスーパードクターが次々と患者を救うという話」ではないことだ。
「終末期医療のあり方というテーマにも踏み込んでいて、患者さんが最期をちゃんと過ごせるという『人生の終着点によりそう医療』の大切さを描いてる。 この作品の中では『大学病院』はその対極の存在という扱い。大学病院にずっといるぼくは、最先端の治療と終末医療のバランスが重要だと改めて思いました」
この小説を読んで、医師として気づかされたことがあるという。
「主人公が、子どもの頃に読んだ、短編についてのエピソードがあります。仏像の彫り師にどうやって掘っているのか尋ねたところ、仏像を掘っているのではなく、木の中にいる仏様を、ただ掘り出しているだけだと答えるというものです。医者も患者さんを生かしてあげているとか、治してあげているではなく、命のあるべき姿を、ただ浮かび上がらせるお手伝いをしている。つまり彫り師と同じであると主人公は考える。私も同感です。いち内科医として忘れてはならない視点や気持ちを呼び起こしてくれた作品です」
呼吸器内科・膠原病内科 阪本智宏 助教
鳥取大学医学部を卒業後、2012年鳥取大学医学部附属病院呼吸器膠原病内科に入局。国立がん研究センター先端医療開発センター、当院化学療法センターなどを経て、2019年4月より現職。
オペナースの視点から浮かびあがる「理想の医師」
「外科医というとどうしても『俺はすごい』ってなる人もいる。だから素晴らしい手術の腕を持ちながら、おごることなく患者の命を救いたい一心でメスを握り続ける主人公の姿勢は、本来の医師としてあるべき姿勢や命の尊さを思い出させてくれます。この映画は基本的に手術室で働くオペナース、オペ看と呼ばれる人の視点で描かれており、医者目線ではないのが面白いし、うまく描かれているなと感じます」
原作の著者は、かつて外科医だった大鐘稔彦。医師の偏在や看護師不足、患者のたらい回し、手術ミスによる医療紛争など、一つひとつがリアルで、自治体の相次ぐ経済的破綻から腐敗・堕落する地方病院を舞台に、見栄や体裁への執着、ことなかれ主義、患者への不誠実な対応など、現在の医療の問題点も浮かびあがる。
「医師のみならず医療従事者すべての抱えるさまざまな葛藤や日常診療の様子および手術の描写がリアルで素晴らしい。特に感動するのは、地方病院で本邦初の脳死肝移植を決断するシーン。当時(平成元年)タブーとされていた脳死肝移植を行うことは、やや設定が現実離れしているが、外科医師として考えさせられるシーンであると思う」
外科手術はスーパードクターが1人でできるものではない、支えるスタッフがいて成り立つ、というチーム医療の描かれ方も印象的だという。
「医師1人を強調したものではく、『チーム』での医療が描かれている。最初は反発していたスタッフも、主人公の医師としてのあり方を見て、チームとしてまとまっていく姿がいいなと思います。オペナース、麻酔科医、外科の助手を含め、だんだんとチームとして溶け合っていくのです。最初は、『怖いから』とか『首が飛ぶから』などと恐れ、互いに顔色をうかがっていた人たちが、そういういうことを度外視するという点でも非常に理想的なチームですね。これは、地域医療、地域の大学や病院でも必要なことだと考えています」
心臓血管外科 中村嘉伸 准教授
医学博士。鳥取大学医学部を卒業後、鳥取大学医学部第二外科、鳥取県立厚生病院および中央病院の研修をへてToronto General Hospitalに留学。2005年に帰局し、2015年より現職。
医療の日常のなかに仕込まれた、数々のミステリー
「この著者は『チームバチスタの栄光』『ジェネラルルージュの凱旋』など、医療をテーマにした作品が多く、映像化されているものもありますよね。作者自身がもともと医師なので、現実味のあるストーリーで、読んでいて違和感がありません」
以前から海堂氏の作品を読んでいたという吉田准教授。そのなかで、特に本作を推す理由は大学病院の描き方である。
「この物語は、大学病院が舞台で、くせのある登場人物がけっこう出てきます。その人間模様の描き方がすごくリアルなんです。例えば、教授がいてその下に、教授が言うことのサポートはすごくできるけれど、腕としては中くらいの医師がいる。そしてそれ以外にも研修医やその横で虎視淡々と足を引っ張ってやろうとするすごい技術をもった医師がいたり」
皮膚科で執刀を行う医師として、手術シーンに惹かれるという。
「研修医、凄腕の外科医とのからみで手術の様子がとてもドラマチックに描かれています。自分にもこのようなずば抜けた腕があれば、多くの患者さんを救えるのではないかとうらやましく思う医師もいるのではないでしょうか。実際は、基本に忠実で安全・安心な手術を泥臭く丁寧に行なっています」
そして「外科医ってやっぱりかっこいいですね」と笑う。
1番おすすめポイントは、ただリアルなだけの医療ドラマではないところ。
「現実味のある医療の日常を描きながら、そのなかに謎解きのミステリーがある。だから面白い。後半では、患者さんの体内に残されていたペアン(通常止血をするために使用する金属製の器具)をめぐる謎が解き明かされていきます。体内に置き忘れたペアンは医療ミスなのか、ブラックペアンとはいったいなんのために準備されたのか。
エンタメ性もありつつ、大学病院のなかでの政治的な側面の描写と、患者さんにとって1番大切なものはなにかという、医療の本質も織り交ぜられている作品で、そこにすごく現実味があるのです」
皮膚科 吉田雄一 准教授
九州大学医学部医学科を卒業後、米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学に留学。九州大学医学部附属病院、福岡大学医学部附属病院などを経て、2006年より現職。