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薬物治療の基本は、至適薬物の選択と副作用を回避することです。薬物の治療効果や副作用発現には個人差が存在しますが、その一要因として薬物の体内動態が個人間で異なることがあげられます。薬物の効果は作用部位における薬物濃度および薬物に対する標的機能蛋白の感受性により規定されます。そのため至適な有効治療濃度域が存在する薬物の血中濃度を測定して至適な用法・用量を個人毎に設定することは薬物動態学に関する専門知識を有している病院薬剤師の重要な業務です。 |
表 TDM対象治療薬
抗てんかん薬 | 抗MRSA治療薬 | 免疫抑制剤 |
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フェニトイン | バンコマイシン | シクロスポリン |
バルプロ酸 | アルベカシン | タクロリムス |
カルバマゼピン | テイコプラニン | 気管支喘息 |
エトスクシミド | アミノグリコシド系 | テオフィリン |
フェノバルビタール | ゲンタマイシン | その他 |
プリミドン | アミカシン | メトトレキサート |
ジゴキシン | ||
アスピリン |
薬効を個人評価する方法にTDMが行われていますが、それは全体の2割程度で多くの患者は恩恵を受けられないのが現状です。近年、薬物の体内動態や副作用に様々な遺伝子(遺伝子から作られる機能蛋白)が関与することが明らかとなっており、薬物動態(血中濃度)に関与する代謝酵素や薬物輸送タンパクおよび薬物の作用部位である受容体などの機能タンパクをコードする様々な遺伝子の多型(遺伝子上の変異)と薬効の個人差との関連が注目されています。
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当試験研究室では、薬物動態および薬効の個人差を明らかにするため、薬物代謝酵素(cytochrome P-450; CYP)(第I相反応)、抱合化酵素(UGT、NATなど)(第II相反応)や薬物輸送タンパクの遺伝子多型との関連を解明し、個人にあった薬物療法、いわゆるオーダーメイド医療の実現に向けた研究を行っています。 |
1) 薬物代謝酵素の遺伝子多型
薬物代謝酵素の遺伝子上にある変異が原因で、正常なタンパクが生成されず代謝能が低下します。その結果、変異を有する患者では常用量でも血中濃度が治療域により高くなり副作用(ワルファリンによる出血など)が発現することが示唆されています。また、一部の治療においては遺伝子変異が治療効果を高めることも知られています(ランソプラゾールによるH.pylori除菌療法)。
2) 薬物輸送タンパクの遺伝子多型
薬物が代謝されるためには、肝臓や小腸など代謝に関与臓器に輸送され細胞内の代謝酵素に接触する必要があります。その輸送の一部は薬物輸送タンパクを介して行われ、細胞内外への輸送に関与する(第III相反応)。従って、薬物輸送タンパクの遺伝子多型は薬物の体内動態や薬効に大きく影響することが示唆されます。
最も研究が進んでいるABC(ATP binding cassette)トランスポーターの一つであるP-糖タンパクは多くの組織に発現しており、様々な薬物の体内動態に関与しています。当研究室は、そのタンパクをコードするMDR1遺伝子の変異が基質薬物であるジゴキシンの消化管吸収の個人間変動に関与していることを明らかにしました。さらに、P-糖タンパクの阻害剤であるマクロライド系抗生物質クラリスロマイシンとの併用によりジゴキシンの血中濃度が上昇することが知られていますが、両薬物による相互作用は(1)ジゴキシンの経口投与時のみに生じる(静脈内投与では大きく変化しない)、(2)MDR1遺伝子変異者ではその相互作用の影響は大きく現れないこと(相互作用の程度が遺伝子型で異なること)を明らかにしました。
一方、アニオントランスポーターであるOATP-C(Organic Anion Transporter Polypeptide-C)は高脂血症治療薬で胆汁排泄型薬物であるプラバスタチンの肝臓への取り込みに関与し、その遺伝子多型がプラバスタチンの体内動態に影響することを明らかにし、薬効や副作用(横紋筋融解症など)発現の個人差にも影響している可能性があります。
3)当試験研究室における研究内容(一部)